Column (2004/02/16号・週刊ベースボール掲載分)
◎キャンプ巡りの想い出

 キャンプが始まった。私も10日頃から全球団を巡る旅に出る。選手もそうだが、私たち報道関係者もこの季節は一年間の「仕込み」の時である。若いアナウンサー時代は、解説者に同行させてもらい、キャンプの見方、取材のやり方を教えてもらったものだ。
 プロ野球解説の草分けといわれ、「なんと申しましょうか」という小西節で、一世を風靡した小西徳郎さんとご一緒させてもらったのは思い出深い。V9時代の巨人の宮崎キャンプ、球場の周辺は超満員で身動きがとれない。タクシーで球場に着いたが人、人、人、小西さんは報道陣の駐車場で降りず、運転手に球場入り口まで横付けするように命じた。

 人ごみをかき分け車はノロノロと進む。警備の警察官が車を止めさせた。すると、窓を開けた小西さん、「小西ですが、よろしく」とニッコリ。若いおまわりさんはびっくり仰天して最敬礼、慌てて人ごみの整理を始め、車の前に道が開けた。「なんと申しましょうか、巨人人気のすごさですねぇ」
 川上哲治さんにはキャンプを見ながら監督やコーチのあり方、野球の見方を教えてもらったものだ。「V9監督」「打撃の神様」「鉄のカーテン」といわれた方だけに、球界の関係者は、皆「恐れ多い方」と思いがちだ。しかし、素顔の川上さんは面白いし、話し好きだ。一日の取材が終わって、宿で魚をつつき、酒を飲みながらの一時が、実は金では買えない珠球の時になる。何人かで会食になると、決まって聞き役はアナウンサーの私ではなく川上さんなのだ。キャンプの雰囲気に始まって、監督の考え、方針、投手陣の出来、予想オーダー、新戦力など私たち取材者が聞いたこと、感じたことを問いかける。だから、こちらも球場ではのんびりできないのだ。川上さんは人の話を聞くことが大事だと説かれる。監督時代はコーチから選手の状態を細かく聞き、そのコーチの意見を必ず言わせたという。全てのコーチからの情報と意見を聞き、最後に監督として考えをまとめ、決断するのだそうだ。
 だから、解説者になってもアナウンサーやプロデューサーの考えや意見をよく聞かれた。ご自分の考えだけを押しつけることはなかった。いま、NHKで川上さんの解説を聞くことはほとんどなくなった。
若いアナウンサーが川上さんと接し学ぶ機会もないのだろう。もったいないことだ。
 川上さんに同行して宮崎と日南の海岸線を車で往復したその晩の会食の席で、川上さんは開口一番「ア〜ァ、シマちゃんの運転はブレーキを踏みすぎる。ガクガクする。運転は巧くないのぉ」川上さんの眼力は、やっぱり恐ろしいのだ。
 鶴岡一人さんとの同行も楽しかった。気さくな「親分」は豪華なホテルには泊まらず、ごく普通の旅館やビジネスホテル、一度決めたら動かなかった。川上さんと同じように人の意見をよく聞かれた、「シマちゃん、今日見た南海の投手陣、どないかなぁ」「新外国人はどうや」一通り他人の意見を聞いた上で「わしゃこう思うんだが、どないや」とくる。これだから会話が弾むのだ。親分はよく言ったものだ。
「わしゃ、若い人の意見を聞きたいんや」
 高知に泊まって安芸の阪神キャンプに向かう途中、手結という峠にさしかかる。この峠の茶屋に「手結餅」という名物がある。「ブチ(田淵)に食わせたいんや」といって親分は必ずこの峠の茶屋に寄った。田淵が阪神の四番だったころの話である。
 今も変わらず私はキャンプ地を巡っている。解説者はいないがマネージャーとの旅である。鶴岡さんや川上さんの教えを思い出しながら、ひたすら見ることに専念するのだ。この「仕込み」をしなくなった時がマイクを置く時だと心に決めている。



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