Column (2003/10/20号・週刊ベースボール掲載分)
◎心配りと言葉の怖さ

 巨人・原監督が辞任した。渡辺オーナーや三山代表の発言が新聞紙上を賑わせ始めて、私は「何で軽々しく人事の話が漏れてしまうのか」不思議でならなかった。
こういう時期は軽々しい発言は、絶対に避けることは大企業のトップとしては常識中の常識であろう。まして渡辺さんは読売新聞というビッグメディアのトップである。報道とは何かということを知りませんとは言わせない。その怖さを知っているはずなのに、何でポロポロ記者に喋ってしまうのだろう。
また、自分が指名した監督・原辰則という男の考え、性格、行動は知っているはずだ。

 彼は潔い男だ。あのような発言が一人歩きを始めたらどう反応するか考えなかっただろうか。星野監督も「原監督・辞任」という文字がスポーツ紙を賑わせた時に「俺なら辞任する」と記者の質問に答えていた。彼のいう「働き盛りの監督が次々に辞めたり、解任されて、日本のプロ野球はどうなるんだ」という感想はプロ野球に携わる者なら誰でも感じることだ。しかも、石毛、山田、原、伊原とくしくも、皆2年目である。正確に言えば、2年に満たない。石毛さんなどは4月下旬の解任だった。次のレオン監督も1年に満たないことになる。
 監督とは短期間で結果が出せる簡単な仕事なのだろうか。星野監督が慎る「監督が軽く見られている」ことになってしまうのだ。
 原監督は辞任の記者会見をしたあとも最後まで指揮をとり続けた。なんとティームは連勝を始めたのである。その間に、私は心配りに欠ける発言に立腹した。次期監督に決まった堀内恒夫氏の発言である。記者団の自宅での取材に応じ、来季からの投手ローテーションの「中6日間隔」を廃止する意思を表明したのである。「中6日は長すぎる。5日だ」「ストッパーは河原を再生させたい」その内容はいいのだ。TV解説者としてネット裏から見続けた中での考えであり、放送でも主張してきたことだろう。だが、監督就任が嬉しくて言いたいのは分かるが、まだ原監督のもとでティームは戦っているのだ。批判はTV解説者としてならいいが、次期監督として発言するのは、あまりにも人の心を察することが出来ない、思いやりのない発言ではなかろうか。はやる気持ちは分かるが、新監督までは待ってほしいのだ。人の心を察し量れずして「名監督」にはなれないだろう。
 言葉は素晴らしいものだが、怖いものでもある。世界の歴史の中で、戦争、紛争、いさかい、喧嘩などは「言葉」の恨みから始まったものが多いのだ。疱瘡の世界で40年以上生きてきた私は、嫌というほど経験している。放送席の「面白い」といわれる解説者ほど多弁で煩く、自分勝手に喋る。TVの野球中継は画面が大事なのに、おかまいなしになる。2人解説のとき、アナウンサーはどちらにもいい話をしてもらおうと、質問は平等になるように心がけるものだ。それでも、自分勝手にしゃべりまくる「奴」がいる。名選手だったかもしれないが、心配りの出来ない解説者は迷惑なものだ。
 よく言うのだが、私の座右の名は、あの鶴岡一人さんの「選手には親も子も妻もあるんやでぇ」というだみ声なのだ。 



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