Column No.198 (2006/11/01デイリースポーツ掲載分)
◎ 初のGM日本一誕生

 「おめでとう、タカ・巨人時代とはまた、一味違う、日本一の喜びでしょう」
 関西出身で、V9巨人で活躍、日本ハムの監督も務めたことがある高田繁さんが、球界で初の「GMで日本一」となつた。
 選手、監督がゼネラル・マネージャーになったのは、高田さんで3人目だが、日本一は初めてになる。2年前の10月、北海道移転とともに高田さんは日本ハムのGMに就任した。この職は、選手の獲得、監督、コーチの人選など、ティームの形を作り上げる編成を担当する。日本では、まだ浸透していないが、米では、最重要ポストと言える要職である。MLB、NBAなどのプロスポーツでは、かっての名選手など、その道のスペシャリストが、ティームの構成を任される。日本は、まだまだ、なのだ。
 高田さんは、あの大阪・浪商の出身だ。年配の方なら、それだけでも、「イメージ」が湧いてこよう。大学は明治、あの島岡・御大に徹底的に仕込まれた。高田・星野と続いた明治の2人のキャプテンは、性格は対照的だが、島岡さんの信頼は厚く、真偽のほどはともかくも、「ぶん殴られなかった主将は、高田と星野だけ」と聞いたことがある。
 解説者時代、何度もマイクをともにした。古巣のティームに本音を言えない解説者が多い中、高田さんは巨人にも、ビシッと言い難いことをいう。内に関西出身の粘っこさはあるのだろうが、いつも爽やかで、べたべたしないところが、私は大好きだった。口は結構悪いが、嫌味がない。関西出身でありながら、明治大学、巨人、日本ハムと不思議に関東のティームで過ごした。大阪と東京が程よくミックスされているのだろう。
 高田さんはGMとして、ティームに帯同していたが、「今日は高田さんいませんね」と尋ねると、「大学の試合か、社会人の試合を見に行っています」と、まるでスカウトのような動きをしている。獲得した選手のプレーを高田さんは全部、自分の目でみて、評価していた。
 それでいて、監督の仕事と、きっちり一線を引いていた。「現場には、絶対口を出さない」とキャンプの時から、何度も同じ答えを聞いた。次は若い選手を二軍で育て、活躍させたいのだ。自分が、巨人の二軍監督で、育てて送り込んでも、使って貰えなかった経験があるからだろう。
 現役の頃の「高田ファール」は有名だった。打撃の神様・川上さんですら、治せなかったファール打ち、GMとしては、見事なティーム改革といえるだろう。
 ところで、星野さんも、SDより、GMでしょう。



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