Column No.145 (2005/09/28デイリースポーツ掲載分)
◎ 感動の始球式

 プロ野球もいよいよ終盤を迎えた。阪神ファンが待ちわびた岡田監督の胴上げは秒読みの段階に入っている。生え抜きの岡田さんの優勝は一昨年と一味違う喜びになりそうだ。パリーグも今日がレギュラーシーズンの最終戦、西武が負けてプレイオフ進出が決まるという前代未聞の妙な試合もあったが、最後の最後まで消化試合のない緊迫したペナントレースが行われた。私は今日、福岡の最終戦を実況する。
 ところで、先週の水曜日、千葉マリンスタジアムのロッテーソフトバンク戦で心打たれる始球式を実況したのでお話してみよう。鳥取県米子市に住む角佳樹は養護学校の中学部一年生、脳性まひを煩って誕生し、今でも両足に麻痺が残っており車椅子を使っている。佳樹君はマウンドからどんなボールを投げたのだろうか。一塁側のベンチサイドに登場した佳樹君は車のない椅子で両腕を力いっぱい使い一塁ラインまで進んだ。そして、そこからはグランドに両手をつき、這ってマウンドに向かっていったのだ。赤ちゃんがはいはいする姿を想像して欲しい。スタンドの観衆は一瞬、息をのみ静まり返った。そして大きな拍手で佳樹君の健闘を讃えた。
 マウンドに上がった佳樹君は立て膝でたち、打席のソフトバンク松中選手に対面した。松中選手のファンだと聞き、四番の松中が始球式の打席を買って出たのだ。立て膝姿の佳樹君は胸を張って振りかぶった。両足を使わずホームベースまで届くのだろうか。場内に緊張感、「角佳樹君が投げたっ」と私も祈る思いで実況する。
 白球は大きな弧を描いてホームベースまで届いた。美しい軌道だった。スタンドの拍手鳴り止まず、空振りした松中選手はマウンドに向かい、はめていた赤い両手袋を佳樹君にプレゼントした。佳樹君は手袋を握り締め、また這ってマウンドを降りてきた。ベンチ前でロッテ・バレンタイン監督は佳樹君を抱きしめて祝福を贈った。二人の男がこの始球式の成功を願っていた。解説者大塚光二とJスポーツディレクター三木慎太郎である。三木はロッテ球団にかけあい佳樹君の願いを実現させた。大塚はホームまで届くピッチングの指導をしてきた。大塚が誰よりも感激の涙を流していた。球場入りしてから、ずっと付き添っていた大塚は、なんと挨拶や返事の仕方まで指導していた。彼はきっといいコーチなるはずだ。ご両親と兄の喜びはいかばかりであったろうか。「ハンデはない。全力で真剣勝負して欲しい」と少年野球で戦ってきた佳樹君の晴れ姿だった。選手もファンも勇気をもらった素晴らしい始球式をありがとう、佳樹君。



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