Column No.38 (2003/07/23デイリースポーツ掲載分)
◎甲子園をめざして

 夏の甲子園をめざす地方大会は今週末からクライマックスを迎える。この季節は毎朝、新聞を開くと克明に北から南へと地方大会の結果をみる。このときばかりはプロのアナウンサーではなく故郷への思いを募らせる。
 もっとも東京生まれの私にはあまり東京への意識は薄く、むしろNHK時代に転勤して暮らした地方がふるさとになる。特に若いころ過ごした鳥取、鹿児島の地方大会が気になるのだ。

 昭和39年にNHKの鳥取放送局に赴任した日、先輩たちが歓迎会を開いてくれた。先輩アナ達は真っ黒に日焼けし生き生きしているように見えた。そう、丁度夏の地方大会が終わったばかり、新人の私の歓迎会というより、甲子園の予選の放送の打ち上げの方が優先していたかもしれない。まだ右も左もわからずアナウンサーになることさえ苦痛だった私には先輩達の興奮の残り香の意味がわからなかったのだ。後にその日は、阪神星野監督が甲子園の夢破れた日だったことを知る。当時の高校野球の予選は一県一代表ではなく、岡山と鳥取の代表で甲子園の出場を賭ける東中国大会だった。鳥取と岡山のレベルは、当時は圧倒的に岡山が高く、鳥取はとても歯が立たない状態だったのだが、星野率いる倉敷商業は米子商に交わされ、まさかの甲子園切符を逃すのである。星野少年と私はニアミスで、親交を深めるのは、多くの年月を経てからになる。
 その後、スポーツアナウンサーになった私は500試合ほどの高校野球の放送をしてきた。よく甲子園での試合や実況を聞かれるが、今でも地方大会に甲子園の心があると思っている。
 勝つこと、栄冠を手にすることは目標だが、「いかに立派に戦って負けるか」が真理だと確信している。今年も4000校を越えるティームが参加しているが、甲子園で頂点に立つのは優勝校ただ一つ、あとは皆負けるのだ。送る言葉は「立派に負けよ」
 それにしても、青春の輝きは眩しく、妬ましくもあるのだ。



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