スイミングマガジン・「2012年06月号」掲載記事
島村俊治の「アスリートのいる風景」(06月号)
◎ ロンドン五輪代表に想う

  ロンドン五輪まで100日を切った。代表27人とコーチにとって、最も大切な仕込みの日々に入っている。勝負の世界でよく言われる「心技体」の最後の仕上げの期間になる。選手とコーチにとって充実した毎日であろうが、何かに追われ、急かされる感じなのではあるまいかと推察するのだ。

 日本ティームには大黒柱の北島康介という世界の水泳の歴史の中でも特筆される存在がいる。北島のコメントを聞いていると「さすが」と感服することがよくある。彼の口から「金メダル」というフレーズはあまり聞かないような気がするのだ。「金メダル、金メダル」と言わせたいマスコミを意識しているようで、私には至極心地よい。女子アナやタレントどもの「騒ぎ立て、煽る」のを、これから彼ならシャットアウトさせられるのだろうと期待さえしているほどなのだ。至難の業と思われるプレッシャーに対して「勝つ自信があると」と言っている。チャンピオンになり続けるには、「己に克つ」ことがキーなのだろう。「金メダルをとる」とは言わず「チャンスはある。言いわけしないように、きちんと準備して、コース台に胸を張って立つ」とは、なんと素晴らしいコメントなのだろう。メジャーのスーパーマン・イチローの言葉を思い出させてくれる。「小さいことを積み重ねない限り、遠くへは行けないのです」

 今回の27人の代表のうち、17人は初出場になる。合宿では「世界の北島」が身近にいるのだから、彼の「成り切ろう」とする姿勢をしっかりと見て、参考にし、自分自身の五輪に挑む独自のスタイルで戦って欲しいのです。君達に「敗れて」五輪を逃した選手達の想いもロンドンに連れて行って欲しいと願っています。今度の選考会で稲田法子選手が四大会目指して頑張った姿に敬意を表します。二度の引退から復帰、33歳で13年ぶりの自己ベストを更新した快挙は、あのバルセロナで14歳の中学生で代表になったことより、ひょっとすると「尊い」のではないかと、私は勝手に評価しています。戦い終わった笑顔は爽やかでした。

 ところで、選手が入場する時、観衆に向かって笑顔で入ってくるのは、スイマーの皆さんは好きですか。これから代表を狙って戦う前の笑顔を私はどう表現していいのか、実況している時に、戸惑ったものです。ソウルの鈴木大地は厳しい怖い顔で睨みつけていました。野球のピッチャーがマウンドに向かう時、笑って上がる投手を、私は見たことがありません。ひょっとして、コーチが、「リラックスして笑顔で行けよ」とアドバイスしているのでしょうか。

 最年少で平泳ぎの渡部香生子選手が二位になり15歳で選ばれました。バルセロナの時は稲田、春名、岩崎と中学生トリオの14歳がいましたから、今までにも例はあります。あの時、岩崎恭子選手は渡部選手と同じ、日本の第一人者ではありません。あの時のナンバーワンは粕谷恭子選手でした。だから、バルセロナの予選が終わるまでは恭子ちゃんは、さほど騒がれはしませんでした。むしろ、中学二年生トリオで話題になる程度でした。日本選手権の放送の時、丁度、岩崎恭子さんがゲストでしたから、なんとしても、日本のNO2から世界一になった心境や経緯を渡部さんとダブらせて話を聞かせて貰いたかったと思います。これがアナウンサーの力量でしょう。渡部さんへの取材はこれから多くなるでしょう。たとえ、高校一年生でも、五輪代表なのですから、コーチは人前でしっかり考えていることを話せるように指導してほしいのです。日本を代表するということはそうゆうことですし、五輪に行くのは「泳ぐだけ」ではありません。尤も、マスコミも少女が過敏にならないように気遣ってください。

 ミュンヘンの金メダリスト・田口信教さんが新聞のコラムで興味深いコメントを書いていました。「テレビ中継の中で選手が控室のフロアーで寝そべって休んでいるのを映すのは如何なものでしょうか」私も見ていて、「ここは映す必要はない」と思いました。召集所は別です。ここでドラマは始っています。北島は、唯一人他の選手に背を向けて集中する姿にチャンピオンの凄さを見ました。「圧倒的だな、北島は」と「勝負あった」を確信したものです。しかし、控室は舞台裏です。覗き見たい気持ちは私にもありますが、休んでいるところを曝け出すのはフェア―ではないでしょう。化粧しているところは見せるものではありません。ところで、代表選考は記録と順位の設定がはっきりしていて良かったですね。落ちた選手も納得します。

 ロンドンは日本水泳界にとって、古橋、橋爪に代表される「因縁ある」大会です。メダルは目標ですが、それだけではありません。国を代表して戦う「勇気」と「誇り」を経験してほしいと「爺」は願うのです。



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