スイミングマガジン・「2012年01月号」掲載記事
島村俊治の「アスリートのいる風景」(01月号)
◎ カムバックアゲイン

 シドニー、アテネオリンピックで金メダル五つを獲得したオーストラリアのイアンンソープか゛十一月中旬に行われたワールドカップ東京大会でプールに戻ってきた。五年ぶりの復帰戦をシンガポール、北京、東京と短水路八種目を泳いだのだが、メダルどころか決勝進出は一つだけ、かつての王者の「勇姿」には程遠かった。五年の歳月を取り戻すのは「身体だけ」が頼りの水泳では至難の業ということだろう。

 ロンドン五輪が近づき、昨年から今年にかけて一度プールから上がった選手の復帰が相次いでいる。情報では、ソープはバタフライのジェフ・ヒューゲルの完全復活といえる好記録のカムバックに心を動かされたとも伝えられるし、スキンヘッドのスプリンター・マイケル・クリムも今年の二月に復帰を宣言した。

 日本の北島康介にも休養の期間があったのだが、かって北島のライバルだったアメリカのブレンダン・ハンセンも本格的に復帰、三年間のブランクを埋めて、今年の全米選手権で平泳ぎ二冠を達成している。女子の「泳ぐ鉄女」ともいえるダラ・トーレスも膝のけがで一年半近く練習できなかったのが、今年の初めにまたプールに戻ってきてスプリント力を復活させていた。四十一歳の北京で銀メダル、私が五輪実況をしていた頃、十代で活躍していたトーレスは四十三歳で泳ぎ続けている。男子平泳ぎの銀メダリスト、もう三十歳を過ぎているはずのエドウイン・モーゼスもトレーニングをしていると聞く。

 何よりも驚いたのは、ジャネット・エバンスが十五年ぶりに復帰への練習をしているニュースだ。今年の六月、自らの冠をつけている大会・ジャネット・エバンス招待で泳ぎ、マスターズ世界新記録を出したという。勿論、かって400、800の自由形で世界記録を十八年も持ち続けたエバンス、その頃と比較するのは酷である。三十九歳で二児の母、しかも短距離ではなく長距離だ。エバンスの世界記録だけでなく、五輪や世界選手権で何度も欧米選手の「世界新記録」のアナウンスをしてきた私だが、五輪でなく東京・代々木でエバンスの800自由形の「世界新」を実況したのは、今でも印象深く覚えている。独特の水車のように腕をぐるぐる回す「モーター泳法」二ビートで左右対称の呼吸、誰も彼女について行くことは出来なかった。四歳と二歳の母、何よりも十五年のブランクは彼女がデビューした年齢とそう変わらない。その上、長距離スイマーである。

 復帰への思いはそれぞれに違いがあるだろう。満足して、バーンアウトし、休みたかった人、怪我に苦しみ引退を余儀なく人、女性だと、結婚、出産など水から上がる理由は人によって様々だろう。

 このカムバックの傾向は水泳だけではない。プロではテニスの伊達公子が2008年に何と12年ぶりに復帰、強豪を倒したり、ウインブルドンで15年ぶりに勝利を挙げた。今年、スピードスケートの長野五輪の銅メダリスト岡崎朋美がカムバック、出産を経て四十歳になって復帰、国内五戦を戦うジャパンカップの開幕戦を三位、第二戦は二位という見事な復帰を飾っている。大学生や若い社会人との真剣勝負、倍近い年齢でも互角に戦っているのだ。フリースタイルスキーの上村愛子は長野五輪から四大会連続して五輪出場、バンクーバー後休養していたが今シーズンから国際大会に本格復帰するという。上村の五輪は、7654位だからメダルへの想いはやり残したものとして強いのだろう。水泳とテニス、スケート、スキーとの決定的違いは一つある。用具を扱うスポーツとそうでないもの違いは大きい。ラケット、スケート、スキーという用具を操り、それを武器にする競技と身体だけのスポーツでは、ブランクや年齢はかなりの差となるはずだ。
 トップレベルの選手が引退したり長期の休養から復帰する心の内は、それぞれ違いや温度差はあるだろう。ただ、「やり続けたい」という想いは共通するはずだ。そして、そのブランクを埋めるのは「至難」といえる。プロとアマの違いは「続ける」ということと「結果がすべて」ということだろう。「小さいことをやり続けない限り遠くへは行けないのです」というイチローの言葉をイアン・ソープは、どう思うのでしょうか。



--- copyright 2006-2012 New Voice Shimamura Pro ---
info@shimamura.ne.jp