スイミングマガジン・「2011年08月号」掲載記事
島村俊治の「アスリートのいる風景」(08月号)
◎ 青木剛さんの受章を祝う

 鈴木大地が作戦を変えようと腹をくくり始めた時、鈴木陽二コーチが気迫のこもった声で叫んだ。「いくぞぉ」学生時代、一発逆転の「役満」を狙った勝負師の顔がそこにあった。バサロスタートのキックを六回増やし27回、浮上30メートル、金メダル作戦は決まった。

 大地を送り出した後、鈴木陽二コーチは小さなビンを取りだした。その中に、母が十年前に漬けた手作りの梅干しが入っていた。鈴木はソウルオリンピック水泳のヘッドコーチ青木剛に、その梅干しを差し出した。柔和な笑顔で青木も梅干しをつまみ、二人で口に入れた。大地とともに歩んだ十年間の喜びと苦しみのエキスが、梅干しの味となって口の中に広がって行った。(著書・夢のオンエアー・勝った大地、金メダルより)

 青木剛さんの「藍綬褒章」受章を祝う会が六月四日に東京・グランドプリンスホテル高輪で盛大に開かれ、多くのスポーツ関係者が青木さんの受章を喜びあった。メダリストの鈴木大地さんと中村礼子さんが参加者を代表して青木さんご夫妻に感謝の花束を贈呈した。鈴木大地さんは挨拶の中で「日本がまだ強いとは言えない時代、世界に上昇し始める時期でしたが、青木ヘッドコーチに生意気ばかりいって、すいませんでした」とユーモラスに思い出を語ってくれた。青木さんのお人柄なのだろう。若い選手が平気でものを言える雰囲気をきっと作り出していたのだろうと、私は推察した。青木さんの水泳人生は競技力の向上のために尽くし続けた。スイマーとして佐伯鶴城、早稲田大学で活躍したとはいえ、オリンピック選手だたわけではない。むしろ、自分の出来なかった夢を後輩に託し、自分のスイミングスクールで選手を育てるだけでなく、日本水泳界の競技力向上に力を注いだ努力が「藍綬褒章」として報われたといえるだろう。勿論、ご本人が御礼の挨拶の中で述べられたように、「水泳界全体の褒章」を代表で受けたと言われたように、世界のトップに近づいた成果は水泳の指導者全体のたゆまぬ努力の賜物といっていいはずだ。

 青木さんはまた、指導者として幸運を背負っているともいえよう。オリンピックには色々な立場で指導された。ソウルオリンピックは水泳のヘッドコーチ、バルセロナオリンピックは競泳の監督、アトランタオリンピックは本部役員、シドニーオリンピック、アテネオリンピックは水泳代表監督、北京オリンピックは本部役員。いつもメダルがついてきた。しかも、驚きの金メダルが多かった。十六年ぶりの大逆転の鈴木大地のソウル、史上最年少の岩崎恭子の「幸せのバルセロナ」あっと驚いた柴田亜衣のアテネとダブル金の北島康介のアテネ、北京の康介のダブル二連覇だけは真の実力者として安心してみていられたのではないだろうか。金メダルだけてはなく数々のメダルと好記録、その全ての指導に青木さんが関わっておられた歴史を見るにつけ、競技力の向上に捧げた努力は、あの柔和な笑顔の裏に隠されているに違いないとみているのだが、

 青木さんは水泳界だけでなく、日本オリンピック委員会の役員としても活動されてきた。六月二十一日に開かれたJOCの公益財団法人としての初の評議委員会でも引き続き「理事」として重要な職責を任されることになっている。いま、日本は再度、「東京オリンピック」を誘致する動きが出始めている。スポーツ立国として、「東京」をどうアピール出来るのか、東日本の震災を妙なキャッチフレーズにすることなく、「東京」での新しいオリンピックムーブメントを進めて欲しいと願っている。

 実は、青木さんの受章の会は二回目だった。あの三月十一の東日本の大震災の当日と重なってしまった。青木さんは会に備えて早めに品川のホテルに来ていたので、その日はご自宅の北区赤羽まで歩いて帰られたそうだ。「いゃあ、参った。参りました」と辛いことも笑顔で流した青木さん。褒章を祝う会を二度もやった方は、恐らく、後にも先にも青木剛さんだけだろう。

 懐かしいお元気な顔が大勢顔をそろえてくれた。コルチナダンペッツオーのスラロームの銀メダリスト猪谷千春さん、「古橋がいなくなって寂しいよ」と銀メダリスト橋爪四郎さん、ロサンゼルスオリンピック・公開競技野球の監督・松永玲一さん、等など日本のスポーツ界を彩った方々が集まり、思い出話に花が咲き、青木さんの受章を祝った和やかな集いだった。集まった方々に喜んでいただくには、ぜひ著名な方々、水泳界を築いた方々を紹介してほしかったと思ったのたが、

 青木さんご夫妻、終始幸せそうな笑顔一杯でした。青木さん、これからもまだまだ、頑張って日本のスポーツ界をリードしてくださいね。



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