スイミングマガジン・「2011年06月号」掲載記事
島村俊治の「アスリートのいる風景」(06月号)
◎ 辛口テレビ観戦

 東日本大震災の影響で日本選手権は中止となったが、水連の英断で世界選手権の代表を決める選考会が会場を変えて浜松市で行われた。取材者として私も期待して楽しみにしていたのだが、震災の影響はスポーツ放送にも及んで、浜松には行けなくなってしまった。仕方がない、テレビでじっくり観戦することにした。ところが、どうも職業意識が災いして、レースそのものより、放送の出来が気になってしょうがない。「いい加減に人間も枯れなくては」と自問しつつも嫌みな人柄は変わりそうにない。

 大会運営で「いいなぁ」と思ったのは、短水路選手権から始めた選手入場を一人ずつ呼びこむスタイルだ。テレビを意識したやり方だと推察するが、決勝に進んだ八人のスイマーをじっくり紹介出来るのがいい。どうしても優勝候補や注目の選手ばかり紹介していたのが、少なくとも入場が一人一人だから端のコース選手もプロフィールを伝えられる。それぞれが想いをもって勝ち進んできたのだから、平等に讃えることが大切だろう。ただ、スタート地点に全員が揃ったら、もい一度今までのように一コースから一人ずつ紹介して貰えないだろうか。スタート台に上がる時の選手のゼスチャー、表情、視線、選手の心境が一番伝わってくる、私が一番見たいと思っているシーンだからだ。このショットで私は選手の状態、心を推理していた。

 放送で良かったのは、このところどの放送局でもやっていたゴール直前の日本記録や世界記録を示すラインを使わなかったことだ。スポーツは何でもわかりやすければいいわけではない。記録が出るか出ないか、ゴールタッチ直前の泳ぎがぴったり合っているのか、体が浮いてしまうのか、一番面白いところを機械に頼ってしまうなんて面白くもなんともない。この三日間の放送の最大のヒットは記録ラインを消したことだろう。

 三日間ともBSの生中継と期待していたら、なんと最終日は録画で、しかも午後七時のからだった。月曜日だから通常番組もあり番組編成が大変だったことは私も同業者だから察するに余りある。しかし、震災や原発事故の大事なニュースがある七時に何故ぶつけなくてはならないのだ。どうせ録画なら、八時か九時以降に回すべきではなかろうか。私はその日、総合テレビのニュースとBSの水泳のチャンネルを何度も変えながら見ていた。世の中の動きの中でどうスポーツ中継をとらえるかだ。

 世界選手権の内定が出る選考会だから記録に拘るのは当然だ。しかし、記録と順位の羅列ばかりでは頂けない。選手はそれぞれの思いを込めて戦っている。人間が泳いでいるのだ。解説の設楽義信さんはバタフライ、鈴木大地さんは背泳ぎ、林亨さんは平泳ぎのスイマーとして第一人者のスペシャリストだった。もっともっと泳ぎを分析して貰うリードが欲しかった。腕のかき、ピッチ、ビート、ブレッシング、身体のポジション、そしてレースの駆け引き、心理、スペシャリストの「珠玉の一言」をどう引き出し、語らせるか、これがスポーツアナウンサーの醍醐味なのだ。そして、もう一つ、言葉の連想ゲームと選手への想いである。1500M自由形で宮本陽輔選手が日本の水泳界にとって画期的な14分台に突入した。プールはあのフジヤマのトビウオ・古橋広之進さんの名前のついた、しかも故郷での大記録である。天国の古橋さんが一番喜んだであろう宮本のスムーズな泳ぎ、「古橋さん、見ていてくれましたね、宮本がやりましたよ」とテレビを見ながら私は実況していた。14分台に突入した日本水泳界の歴史を踏まえての快挙、世界との差はまだあるとはいえ、今大会の最高殊勲選手は宮本陽輔だ。翌日の読売と朝日新聞の活字の大きさとヒーローとしてとりあげたのは、相変わらず北島康介で、宮本の記事は小さくしか扱ってはいなかった。がっかりしたというより、半ば呆れた。

 選手を讃えて欲しいのは何も勝った選手だけではない。最終日の50背泳ぎで寺川綾と酒井志穂がワンツーフィニッシュをした。二人揃って背泳ぎの代表に選ばれ世界で戦える布陣になったことは喜ばしい結果だ。ただ私が嬉しかったのは、あのバルセロナ五輪の中学生トリオだった稲田法子選手がまだ頑張って泳ぎ、50背泳ぎで三位に入ったことだ。三十二歳、同じ中学生だった岩崎恭子ちゃんはお母さんになった。稲田さんはまだ泳ぎ続けている。「三位・稲田法子」のアナウンスだけでは不十分なのだ。「頑張っている姿は素晴らしい。三位の健闘を讃えます。バルセロナで中学生だった稲田法子さん、まさに古橋さんの泳心一路です」と私はアナウンスしてあげたいなぁ。

 レースはプールサイドで見るのが一番と実感した選考会観戦記でした。



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