スイミングマガジン・「2010年12月号」掲載記事
島村俊治の「アスリートのいる風景」(12月号)
◎ 水泳連盟・コーチ研修会でのお話

 スイマガでのこのコラムを二十二年も書かせてもらったお陰で、久しぶりに日本水泳連盟の競技力向上コーチ委員会から講演を頼まれた。大阪と東京で二日お話をする。1992年と1997年にお話しをしたので、要領は判っているのだが、近づくににつれて気が重くなる。東京と大阪で同じことを二度しゃべるのもやりにくい。スポーツアナウンサーの妙なくせで、同じことをその通りにやるより、まったく違う話をする方がやり易いのだ。

 講演は毎年、二十回前後、それも三十年位やっているので慣れてはいるのだが、何度やってもうまく出来るのかどうかと心配になる。当日は朝からなんとなく落ち着かない。どの講演に出かけても「お話するのはお仕事だから落ち着いておられますね」といわれるのだが、とんでもない。スポーツの中継でマイクに向かう時は、調べや取材をしっかりやって準備をするが、試合は始ってみないと、どうなるのかわからない筋書きのないドラマだから、試合に合わせて楽しもうという心境になれる。ところが、講演や講義はそうはいかない。なんどやっても「楽しもう」などという気持ちにはとてもなれない。試合に臨む選手の心境と似通っているのかもしれない。決して嫌ではないのだ。でも、うまくいくかどうかわからない不安がある。まして、水泳のコーチ研修会ともなれば、一緒にマイクをともにした解説者や取材で話を聞かせてもらったコーチ、かって実況した選手たちが目で合図を送りながら受講されているわけだから、やりにくいことこの上もない。それでも、立派なコーチになり、懐かしい顔に巡り合えて嬉しかった。アジア大会で活躍した背泳ぎの三好智弘選手は高校の先生、五輪・世界選手権の代表だった林享選手は大学の准教授、「覚えてますか」と訪ねてきてくれた。「忘れるわけないだろう。君たちのこと」世界選手権で入賞した不破央選手は、今回、講義も行ったのだが、テーマはシンクロの表現力向上についてだった。不破君のようなユニークな人はスポーツ界でも珍しいといえるだろう。平泳ぎの日本記録保持者で世界選手権で入賞、選んだ仕事はコミックな泳ぎで演技をするパフォーマンスティームの活動、昔の俳優・ユル・ブリンナーのようにツルツルの頭と快活な笑顔でやってきた。「久しぶりです。お話、感動しました。」人を喜ばせたり、楽しませる仕事をしている不破君、「そう言ってもらえると、ほっとするよ」お話の中でのテーマの一つは「伝える」でした。言葉に消しゴムはありません。言葉は人を生かしもすれば、傷つけもします。コーチ、指導者は「伝え方の名手になってほしい」のです。伝え上手は聞き上手でもあります。指導者はどちらかというと、自分のやり方や意見を押し付ける傾向が強いでしょう。インタビュアーは話の聞き出し方が優れていることです。選手とのコミュニケーションは上手な聞き手になること、それには家庭や職場での日常会話を大切にすることです。メール全盛時代の昨今を、私は批判的に眺めています。人と同じことをすることが嫌いな私は携帯のメールは絶対にやらないと時代遅れを頑なに貫いています。会話は言葉、声、表情、ゼスチャーが豊かでなければなりません。人前できちんと意見を述べるには、準備をすることが大切でしょう。聞きやすい伝え方をすることを心がけてみませんか。

 先月のスイマガのコラムで平井コーチが興味深いことを述べておられます。中国・昆明の合宿で「レースビデオを見て選手同士の意見交換」を初めてやってみたというところです。上からの目線、コーチが一方的に指導するのではなく、仲間がお互いの成長のために批評、批判することは非常に有効です。NHK時代から、現在の民放でのアナウンサーの研究会で、私がやってきた手法はテープを聞き、ビデオやディスクを見て、互いに合評しあい、意見をいいあうことです。人のことをいうからには自分が出来なくてはなりません。その人の実力とは関係なく、思いがけない新しい発見があります。むしろ、教える側が教わるということさえあるのです。合評をするうちに、人を傷つけてはいけないということを学ぶようにもなるでしょう。「マイクからのメッセージ」と題した私からコーチの皆さんへのお話は「伝え方の名手になってほしい」という、易しそうで難しい提案でした。



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