スイミングマガジン・「2010年11月号」掲載記事
島村俊治の「アスリートのいる風景」(11月号)
◎ 忘れそうだった国民体育大会

 九月中旬に行われた千葉国体で背泳ぎの寺川綾選手が、百メートルで59秒13の今シーズン世界最高記録をマークしたニュースを新聞で読んだ。アテネ五輪に若くして出場も、北京五輪を逃し伸び悩んでいたのが、今年のパンパシで銀メダル、今度は世界最高。高速水着の記録を更新する日本新記録だから、価値ある記録と言えるだろう。平井コーチの門下に入り、筋力トレも増やし、フォームを改造した成果と評論されていたが、プレッシャーに弱かった心の在り方も、何かを掴んだのではないかと推察した次第である。その新聞記事を読みながら「正直いって、国体は遠い存在になったなあ」と呟きながら、新聞の放送番組欄を見ると、まだNHKでやっていたのでほっとした。というより、国体の存在価値や意義はどんなものなのだろうと、改めて考えさせられたのである。今、私の仕事では千葉・幕張のマリーンスタジアムへ通うことが多いのだが、「ゆめ半島千葉国体」という大イベントが千葉であることを私は知らなかった。そんなインフォメーション街を歩いていたり、駅や繁華街で見た記憶がまったくなかったのだ。昔と違いスポーツイベントが多くなった日本で、まして首都圏の開催では話題になりにくい時代になったのだろう。

 今から四十年前のことだ。NHKの鳥取に赴任してアナウンサーの修業時代を送っていた私に転勤の辞令が出た。「鹿児島放送局に行ってもらいます。鹿児島で二年後の昭和四十七年に国体がある。頑張ってやってほしい」国体のために私は転勤したのだ。地図を見た。日本の最南端、薩摩。「国体なんか糞くらえ。何で俺が国体のために行かなきゃならないんだ」本当の転勤の理由はほかにあったのだろうが、上司は慰めもあって理由をこじつけたのだろう。こうして、桜島の灰の降る南国で、私は「太陽国体」と言われた鹿児島国体の準備にとりかかった。ローカル番組を数多く作った。中でも「国体を迎える町」という番組で県内のあちこちをまわり、国体に関わる地域の人々を紹介し、親交を深めた。離島を抱える広い鹿児島、山岳競技を紹介するために屋久島も縦走したものだ。当時の国体は夏と秋にわかれていたが、水泳競技は今と同じ九月に行われた。「太陽国体」の年・1972年はミュンヘンオリンピックの年だった。水泳の競泳で平泳ぎの田口信教さんとバタフライの青木まゆみさんが金メダルを獲得した。ぽちゃっとして愛嬌のある青木まゆみさんは、確か「金時さん」と言われていたような記憶がするのだが、なんとミュンヘンから帰り、鹿児島に国体の代表として参加した。それだけで水泳は盛り上がった。

 金メダリスト青木まゆみさんは四百メートルフリーリレーのメンバーとして泳いだ。メドレーリレーではない。クロールで泳ぐ選手にリードを奪って泳ぐ豪快なバタフライに私は「これがオリンピック金メダリストの泳ぎなんだ。凄ぇなあ」と口をあんぐり開けていたものだ。ついでながら、この鹿児島国体競泳の実況は三日間、何れも総合テレビ、あの筋肉マンの司会者・草野仁アナウンサーと私で放送したものだ。秋の開会式は桜島が噴火して見事な噴煙の下だった。当時、国体の開催は開催県のスポーツ施設の建設、地域スポーツの開発の上で大きな役割を果たしてきた。国内での大きなイベント、殊に地方で開催するイベントが少なかったから、国体は注目を集める上でも、効果は今より大きかったといえるのだろう。

 時代とともに国体も改革が行われてきた。ふるさと選手制度を導入して、出身県に帰って出場したり、プロ選手の参加を認めたり、永住権を持つ外国人に門戸を開くなど、現状を捉えた考え方を取り入れている。また、片方では、参加人員の拡大を防ぎ、適当な規模への参加人員の削減も行っている。今後も新しい国体をイメージして欲しいのだが、少年少女の若い選手のプレーの場を確保することと、年輩の成年の部を大事にして欲しいと願いたい。トップクラスの選手は、いま国内、海外と昔に比べるとプレーをするチャンスには恵まれている。逆にいうと、出るのだったらパフォーマンスの質を落としてはいけない。世界選手権優勝の古賀淳也選手が七位だったと聞き、がっかりした。疲れや準備が出来ないなど理由は色々あるだろう。しかし、チャンピオンはいかなる時でも負けてはいけないし、仮に負けるのだったら負け方がある。しっかり準備が出来ていなかったら、出ない方がいい。コーチにも責任があると言わざるをえない。国体の意義を考えるなら、他の選手にチャンスを譲った方が遥かにいいのだ。これからは、どこに行っても世界選手権のチャンピオンの肩書がつく。それがチャンピオンの「宿命」なのだ。北島康介選手という最高のお手本があるではないか。小さい大会、国体がそうとはいわないが、を大切に出来ない選手はチャンピオンの資格がない。



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