スイミングマガジン・「2010年10月号」掲載記事
島村俊治の「アスリートのいる風景」(10月号)
◎ 韓国・ソウルで想うこと

 毎年夏に国士館大学の体育学部大学院で客員教授として「にわか先生」になる。教員としてのプロではないから「先生と呼ばないで」と断りをいれる程度の、まさに客員である。「スポーツジャーナリズム論」というもっともらしい講義なのだが、大学院生なので意見を交わしながら進める。スポーツ界の色々な問題をテーマに話し合う。特にオリンピックについては、過去の史実だけでなく、未来を見据えて、厳しく批判する目を持ってほしいという思いがある。

 時に、私が実況した五輪の名場面をビデオで紹介したりするのだが、改めて歳月を知らされてしまう。「鈴木大地さんの金メダルのシーンをはじめて全部みました。生まれたばかりでしたから」「潜って泳いでいたんですね」

 八月の初めに世界大学野球選手権が日本で開かれた。キューバが圧倒的なパワー野球で優勝するのだが、銅メダルの日本ティームの三番バッターは大学選手権で優勝した東洋大学三年生の鈴木大地選手だった。ソウル五輪・金メダリスト鈴木大地の快挙の翌年・1989年に生まれたのでご両親があやかって、「鈴木大地」と命名されたそうだ。その大学日本の三番鈴木大地選手が、予選リーグでキューバと対戦し、二回に、なんと一時は逆転になるスリーランホームランを神宮球場のライトスタンドにぶち込んだ。実況していた私は、ここぞと叫んだものだ。「鈴木大地、逆転スリーランホームラン。金メダルホームランが出ました」「これからは、野球の鈴木大地の時代ですね」野球の大地選手が大学選手権で日本一になった日、私は本家本元の順天堂大学の鈴木大地先生に電話をすると「知ってますよ。鈴木大地君。野球の選手ですよね。期待しています」このことを野球の大地選手に伝えると「嬉しいです。世界大学でも、やります」

 八月中旬に韓国・ソウルに出かけるチャンスがあったので懐かしい競技場を訪ねてみた。1988年のソウルオリンピック以来だから、二十二年ぶりになる。今回の訪問も、国士館大学の教え子になる朴東一君が、韓国プロ野球のトゥサンベアーズのトレーニングコーチをしており「先生、一度、韓国のプロ野球、見に来てください」との誘いだった。開会式を実況したメイン会場には二十二年たった今も、鮮やかな五輪のマークが正面ゲートに掲げられてある。愛嬌のある「虎」が五輪のマスコットだったが、今でも私を迎えてくれた。懐かしさがこみあげてくる。室内プールが野球場のとなりにあるので言ってみると、どうも記憶と一致しない。警備員の方に訪ねて気がついた。この蚕室の室内プールは五輪の二年前に行われたアジア大会の時の室内プールだった。年とってボケたのかと思ったが、単なる錯覚のようだ。「そうだ。オリンピックパークにあるプールだった」と思い出してタクシーで出掛けてみる。ソウル五輪は秋だったので青空とコスモスが秋風に揺れていたことを思い出すのだが、今は夏、あれから二十年以上たっているので公園内の木々が大きくなっていて、別世界、記憶は定かではない。

 オリンピックプールにつくと、日曜日だったので練習が行われていた。天井が高く採光するスタイルは変わりないが、放送席やファンが応援した高いスタンドはなくなっていた。このスタンドがないとイメージは随分違うものだ。解説の東島新次さんと奈落の底を見下ろすような高い放送席から「大地、追ってきた。追ってきた。逆転か、逆転。大地勝った金メダル」と絶叫したのは、遠い、遠い昔になったことを実感した。

 日本に帰ると、パンパシで北島復活のニュースが飛び込んできた。さすが北島康介だが、気がかりは、また北島頼みでは心もとない。日本にばかり目を向けていてはいけない。韓国エース朴泰桓も復帰して四百自由形で優勝している。ここ二十年、韓国の躍進は国と企業の強化策のもと、中国に次ぐスポーツ立国は日本ではなく、韓国である。バルセロナ五輪以来の夏冬十回の五輪で金メダルとメダル総数で日本が韓国を上回ったのは、長野とアテネの二大会だけ、あとの八大会は韓国に後塵を拝している。

 日本にナショナルトレーニングセンターが出来たのは一昨年のことだが、韓国ではすでに1996年にソウル郊外に日本よりはるかに大規模なトレーニングセンターが出来ていた。韓国で聞いた話では、二年後には日本の十五倍以上の広さの巨大なものが完成されるということだ。オリンピック誘致合戦にやっきになる日本だが、先にやることがあるはずだ。世界で戦うには、それがいいことかどうかはともかくとして、スポーツの国家戦略と企業の協賛がなくては、ついていけなくなるのではないだろうか。韓国の野球とスポーツ施設を見ながら、韓国と日本を比較しながら、考えさせられた旅だった。



--- copyright 2006-2010 New Voice Shimamura Pro ---
info@shimamura.ne.jp