スイミングマガジン・「2010年 2月号」掲載記事
島村俊治の「アスリートのいる風景」(2月号)
◎ 頑張っている姿に拍手

 司馬遼太郎さん原作の「坂の上の雲」が NHKでドラマ化され、そのPR番組を見ていた時のことだ。学生時代に「司馬遼」は夢中になつて読んだものだから、懐かしさもあって、興味深かった。主演の木本雅弘さんがロケ現場を再現しながらエピソードを話していく構成風の番組だったのだが、突然私は「藤本っ元気でやってたんだ。よかった。よかった。すごいぞ」と思わず実況中継のように絶叫した。かってのオリンピックスイマー、個人メドレーの日本記録保持者でオリンピック代表選手だった藤本隆宏クンが重要な役で立派な演技をしていたではないか。実は、水泳選手を引退して劇団「四季」に入団、役者をめざしているというところまでは知っていた。劇団「四季」の公演のポスターを町で見かけるたびに、私は出演者の名前の中に「藤本隆宏」の名前を眼で追っていた。その他、大勢の写真も探した。でも一度もお目にかかったことはなかった。「どうしているんだろうか、器用なタイプには見えなかったから、大器晩成だろう」

 バルセロナオリンピックは岩崎恭子の金メダルが話題を独り占めしてしまったが、千葉すず、林、渡辺、糸井、川中、司東、春名、肥川、平中、木村、藤本らで十七の入賞を数えている。藤本隆宏は予選で日本記録をマーク、しかし決勝は泳ぎが重く八位、ゴールインしたあと、コースロープにつかまり厳しい顔で電光掲示を見詰めていた。勿論、私は実況をしていた。水泳でやり残したことを、今度は演劇で成熟させてほしいと願っていた。

 ロケの中で藤本さんが水着で泳ぐシーンがあった。恐らく、このPR番組のために泳いでもらったのだろうが、さすが舞台俳優だけあって贅肉はついていない。得意の個人メドレーのスタート、バタフライの映像からだった。思わず、テレビを見ながら実況「藤本、第八コースからのスタート、ダイナミックだが、現役のときより重い」水泳のロケで参加した人たちに挨拶するシーンがあった。短い話の中で、言葉の初めに何度も何度も「あのぉ、あの」がついていて気になった。昔から多弁ではなかったが役者は「言葉を大切にする仕事」だからね。

 ついでに思い出したのだが、前日、私は東京ドームでプロ野球の若手と大学日本代表の試合を中継した。そのイベントをコーディネイトしたのが電通で、担当者の中に逸見晃治クンがいた。「やあ久し振り。お世話になります。それにしても、どうしちゃったの。その肥り方。」逸見選手も個人メドレーで日本を代表するスイマーだった。よく実況した選手でアジア大会や日本選手権の印象が強い。ビジネスマンとして元気に活躍しているのを見ると水泳選手の経験はいまも役立っているのだろう。でも、あの体型は気になる。「必ず、糖尿病になるぞ」尤も私はすでにそうなのだが。

 その二日前、まったく変わらない人に久しぶりに会った。ヨーロッパの短水路の大会を転戦してきた鈴木陽二コーチが私の主催するゴルフコンペに来てくれた。あのソウル五輪で鈴木大地との金メダルコンビだが、あの頃と変わらず、若く、明るく、話し好き、「陽チャン」といると活気がでる。勿論私の方が年上なのだが、陽二コーチは、どう見ても四十代に見える。いつもの私の毒舌だと「成長してるんかいなあ」といいたくなるほど若い。選手指導やクラブ運営で忙しいはずなのに、ゴルフはちゃんと80でまわってくる。尤もご本人は不満の数字だろう。昔、国際大会の練習の取材に行くと、選手のウオーミングアップの時に、プールサイドで「素振り」をしているコーチがただ一人いた。世界でただ一人、「鈴木陽二」なのである。「陽ちゃん」にとって不運だったのは、このシーンを私に見られてしまったことだろう。私が鈴木コーチを紹介する時は、必ずこの話をするのが定番なのだから。別に非難しているわけではない。世界で戦うには、このぐらいのオンとオフができないようでは、勝負の世界ではやっていけないのだろう。

 「島村さん、ヨーロッパのこの時期の短水路は活気があっていいですね。スタートやターン、スプリントの鍛練には絶好の大会が続くんですよ。ファンの関心も高いし、選手も賞金が出るのでやる気満々ですね。四十カ国位参加して盛り上がるんですよ。」
そういえば、日本のマスコミの記事は小さい。北島の泳ぎだけは大きく取り上げるが、酒井の短水路世界新は片隅に小さく載っているだけだった。



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