スイミングマガジン・「2008年5月号」掲載記事
島村俊治の「アスリートのいる風景」(5月号)
◎ 第34回 北京オリンピックへの不安と期待

 北京オリンピックがいよいよスタートした。不安だらけの幕開だ。3月24日、古代オリンピック発祥の地オリンピアの古代五輪遺跡で聖火の採火式が行われたのだが、なんと中国のチベット政策に抗議する男性が乱入、テレビで見ると、男が手にしていた黒い旗には手錠で五輪模様が描かれていた。これは採火式の前にあった中国五輪組織委員会の劉会長の演説中に行われたものだった。過去の五輪の採火式でこのような抗議行動が行われたことはない。採火式は巫女姿の女性が太陽から聖なる火を反射鏡で採火する宗教的な意味合いをもつ厳粛な儀式である。オリンピックの神聖な儀式に抗議行動が行われたことは、これからどんな反対運動が起こるのか不安で一杯になる。
 チベット自治区などでの大規模な暴動への中国政府の対応には、国際社会から非難や批判の声が上がっている。すでにチベット人の住む地域では130人をこす人々が中国政府の厳しい鎮圧で死亡したとみられている。こうした民族紛争に関して、ヨーロッパ諸国は敏感に反応する。日本はどちらかといえば鈍感なのかも知れない。すでに、フランスは中国の五輪の開会式に懸念の意を表すコメントがラサで起きた騒乱、暴動の直後に発表された。
 聖火はアテネから北京に空路入り、4月1日から五大陸、21の都市をリレーされる。日本でも冬の五輪を開いた長野がルートになっている。心配なのは暴動の起きたチベット自治区を聖火は6月19日に走るのだ。チベットだけでなく、各地のルートは厳重な警戒のもとで行われるだろう。そのような不安を抱えた中で聖火が恐る恐る走るのは、五輪の開催を礼賛するには決して本来の姿とはいえないだろう。
 それでなくとも、今回の北京五輪は心配事が多い。大気汚染などの環境問題は深刻だ。男子マラソンの優勝候補が体への影響を考え出場を回避したというニュースを聞くと、北京は五輪の開催地として相応しいのか考えさせられてしまう。まして,昨年来の食品問題もあり、現地に行くより、テレビ観戦の方が安全と思ってしまう人が世界中で多いのではないだろうか。それよりも何よりも、無事に開かれて、閉会を迎えられるのかが心配なのだ。オリンピックは東京を頂点にその後大会ごとに色々な問題を抱え、時には五輪で無く四輪でしか成立しなかったこともあったのだ。メキシコ五輪は人種差別に黒人選手が抗議、ミュンヘンは選手村での忌まわしい銃撃事件、モントリオールは経済破綻と厳重警備の兵士に守られた中での開催、モスクワは西側諸国のボイコット、日本も参加はしなかった。ロサンゼルスは東側のボイコットで2回連続の四輪大会、ソウルは薬害。すでに始まった、商業主義、プロ化、ドーピング、テレビの支配、環境、経済とありとあらゆる問題と対面しながら行われているのだ。そして、一番深刻なのが、民族紛争である。チベットの騒乱に対する中国の対応が適正でないとすれば、最悪、ボイコットをする国も出てくるかも知れない。五輪は平和の象徴でなくてはならない。スイマーの皆さん、特に指導者の皆さんは今の世界の情勢に敏感であって欲しいし、五輪正常化のしっかりした意見を持って欲しいと願っています。五輪は礼賛するだけでなく、批判する心も大切でしょう。
 ところで、五輪が近づくと、世界の水泳界は活気に溢れてきます。3月の欧州選手権で男子百平でノルウェーの選手が59秒台の好タイムをマーク、マナドウも2百背で元気、豪州選手権では女子4百個人でライスが世界新を樹立、いよいよ動き出したと思っていたら、とんでもないフランス野郎が出現しました。アラン・ベルナール24歳。自由形で世界新を連発、写真を見ると、筋骨隆々、プロレスラーのような大男です。粋で伊達男を連想すると真逆です。昔、私が喋っていた頃、「泳ぐ戦艦」といわれたモンゴメリーが始めて50秒をきって40秒台への扉をこじ開けたのですが、あのモンゴメリーを凌ぐ迫力だ。欧州選手権の百自由形の準決勝で八年ぶりに世界新47秒60をだすと、決勝では47秒50の世界新、さらに五十自由形では21秒50の世界新、なんと三日連続世界新を樹立した。これまであまり知られていませんでした。徹底した筋トレで体を改造、背泳ぎから転向して成功したそうです。五輪イヤーは必ずこうゆう選手が出てきます。だから五輪は期待感に溢れるのです。恐らく水泳王国・アメリカの選考会でも爆発的な記録や新鋭が出てくるかもしれません。いずれにしても、プロレスラーのようなベルナールの泳ぎを北京で見たいですね。
 今月は日本の代表権をかけた選考会が開かれます。悔いを残すことのないよう、4年間の想いをぶつけて下さい。



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