スイミングマガジン・「2008年4月号」掲載記事
島村俊治の「アスリートのいる風景」(4月号)
◎ 第33回 世界で活躍する、それぞれの道

辰巳にて
 2月23日、短水路日本選手権の行われた東京・辰巳の国際プール。プールサイドの記者席で私は始めての経験をした。水泳アナウンサーとして、取材者として45年にわたって水泳とかかわってきたが、日本人選手の世界新記録のアナウンスを一日に2回聞いたのは初めてだった。たとえそれが短水路の大会であったとしても、日本人が世界新を出すことすら、めったにないことなのに立て続けに中村礼子の2百背泳ぎと中西悠子の2百バタで樹立されたのだ。短水路に関して2人の記録は世界に迫っていたので、「チャンスはあるな」と期待していたのだが、まさか連発とは驚いた。その他にも初日だけで十種目の日本新記録ラッシュ、結果として短水路の大会の価値があったと認めざるをえないだろう。
 実は個人的に私はオリンピックイヤーの、選考会前のこの時期、短水路の大会を開く意味がどの程度あるのか、クエッションマークをつけながら大会の初日を観戦し、取材していた。オリンピックイヤーの選考会直前の大会は、いつもの年と違うアプローチがあっていいのではないかと思っていた。例えば、決勝の時間帯についてである。北京五輪はアメリカのテレビ局のごり押しで午前中に決勝レースが組まれている。テレビが五輪を支配するという暴挙だと私は憤っているが、決まったことだからそれに対応するしか仕方が無い。アメリカではすでに午前の決勝を想定したレースが行われ、記録も出ていると聞く。日程や経費を考えると難しいことは判っているが、今年ぐらいは午前中決勝をやって欲しかったと内心思っていた。関西の主力選手が参加しなかったのは、選考会前の短水路に価値を感じなかったのだろうと、予想もしてみた。
 結果として、中村、中西の2つの世界新記録、北島の力泳、佐藤の日本新三連発と短水路の特徴を生かした好記録ラッシュで成果は出たといえるだろう。いまや世界で戦うにはターンのあとの伸びがポイントになる。短水路のターンの繰り返しは「見せるレース」とは言いがたいが、ここをしっかり見ていると短水路の価値を感じ取ることが出来るのだろう。また長水路ではないとはいえ、記録を出した選手にとっては「ある種のてごたえ」や「選考会への気持ちの盛り上げ」につながったことだろう。4月のオリンピック選考会の盛り上がりと厳しい関門が予想され、どの選手にも全力を出し切って欲しいと願っている。

メールから
 辰巳から帰って、メールを開けると、かって五輪で活躍したスプリンターの井本直歩子さんからメールが届いていた。井本さんはアトランタ五輪を中心に日本を代表する自由形の選手だったが、私は水から上がったあとの彼女の生き方に感心させられていた。アメリカに留学し、大学を卒業、イギリスの大学院も卒業するとアフリカで働き、国連の仕事も経験した。今はスリランカで教育の質を上げるための様々な仕事をユニセフ・スリランカ事務所でやっている。
 後輩の日本のスイマーへ井本さんはこんなメッセージを贈ってくれた。「水泳だけでなく、それ以外のことにも興味を持って欲しいですね。水泳を通して幅の広い人になって欲しいと思います」彼女は小さいころから国際大会で活躍していたが、中学一年の海外遠征から英語を話そうと努力し、プールサイドでは、特に恵まれない環境で泳いでいる東南アジア、アフリカ、戦乱のヨーロッパの小国の選手や国に興味をもち、積極的に接してきたそうだ。その延長線上にいまの仕事があるのだろう。「スイマーの皆さんにぜひ、PRして欲しいことがあるのです。四月五日にマラリアの予防のために世界中で一斉に泳ぎ、募金をする活動があります。ワールド・スイム・アゲインスト・マラリアです。前回の大会では岩崎恭子、田中雅美、中村真衣さんたちも泳いで協力してくれました。五輪予選の前で難しいでしょうが、ぜひ興味をもってほしいのです」
 五輪や国際大会を経験することは「メダル、メダル」だけでない、人としての生き方にも大きな影響を与えるものだということを、井本さんのメールで教えられました。「4月の選考会、スリランカはお祭りでお休みなので、応援に日本へ帰ります」と結ばれたいた。



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