スイミングマガジン・「2008年2月号」掲載記事
島村俊治の「アスリートのいる風景」(2月号)
◎ 第31回 「五輪を楽しむ」論

究極の緊迫感・星野ジャパン
「何とか勝ちたい。オレは祈っていた。何千試合と経験してきたが、あんな試合はこれまでなかった」野球の北京五輪アジア予選を勝ち抜いた星野仙一監督のコメントである。ジェイスポーツで大一番の韓国戦を実況していた私も、肩がこるほど疲れた試合だった。オリンピックアナウンサーとして、運のよかった私は、夏冬8回のオリンピックの放送をしてきたが、いつも「勝負を見極める」ことをテーマにしてきたので、極端な意識的な絶叫スタイルとニッポンがんばれはいわないアナウンサーだった。鈴木大地も岩崎恭子も、きざな言い方だが、「平常心」を心がけた。時代遅れのスポーツアナウンサーだから、若者や視聴率第一主義のディレクターには到底受け入れては貰えないだろう。その時代遅れで星野せんちゃんを友とする私が、韓国戦の後半は「いつ追いつかれるか、いつかひっくり返されるのではないか」と内心ハラハラしながら放送していた。「大変だったねぇ。お疲れ、お疲れ」と労うと、星野監督「いゃあ、しんどかった。こんな試合は体に悪い」「久しぶりに気力、体力の充実した星野仙一を見させてもらったよ。でも本番はこれからだね」「そうなんですよ。五輪の凄さはこれ以上でしょう」
 どの選手をみても鋭い目、厳しい表情、気迫に溢れ緊迫感が漲っていた。放送の中でもお話したのだが、近代オリンピックの創始者・クーベルタン男爵が説いた「オリンピックは参加することに意義がある」は現代では空文化してしまったという人がいる。だが、私はそうは思っていない。当時の参加することと今の参加することには大きな隔たりがあるのだが、オリンピックの素晴らしさは、今は厳しい予選に勝ち抜いていくことに意義があるのだ。「参加する」とはどういうことなのか、改めて星野ジャパンの迫真の戦いを評価して欲しい。中にはテニスのように、代表の予選などなく、プロの世界ランキングで決めてしまう競技すらある。テニスの杉山愛さんは今度が4回目の五輪に出場なるはずだが、彼女も世界ランキングの枠内で代表となる。テニスのプロプレーヤーの目標は全豪、全仏、全英、全米と4つのメジャータイトルをとることなのだが、五輪のある今年は5つの目標に挑むことになるのだ。つまり、テニスのプロにとって五輪は唯一、最大の目標ではない。4つのメジャーに次ぐか、せめて同列の大会なのかも知れないのだ。違うところは「国を背負って戦う」というところだろう。尤も、国別対抗のデビスカップやフェドカップもあるのだから、
テニス選手の五輪とは唯一、最大の目標とは言いがたいのではなかろうか。

「楽しむ」発言は誤解を招かぬように
 その杉山愛さんが「オリンピックをまるごと楽しんできます」という発言をしていた。その数日前、石原慎太郎都知事が日本のアスリートに対して「五輪に惨敗しても、楽しんでくりゃいいなんていうのはバカ。楽しむなら自分の金で行け」と厳しい批判のゲキを飛ばしたのを、私は興味深く聞いた。「そのとおりです。よくぞ言ってくれました」と私は心のなかで拍手を送っている。恐らく、選手たちは深い意味もなく、緊張し過ぎずリラックスして競技に望みたいというつもりで言っているはずだ。コーチからも、日ごろから「緊張しないで、リラックス、リラックス」と言われているからなのだろう。しかし、仕事でも競技でもいい緊張と集中力なくして好結果などは出るものではない。アメリカの選手が好んで使う「楽しみながら」という言葉の中には、緊迫感の中に身をおいて集中するということと、オリンピックでの生活はリラックスして自然にふるまうという意味が込められていると私は解釈している。世界のトップアスリートの中にいる杉山愛さんはグランドスラムを始め世界のツアーを毎年戦っているのだから「丸ごと楽しんできます」という言葉の裏には戦う選手の深い意味合いを込めて発言したと思うのだ。ただ、これだけだと「誤解」を招きやすいのだ。殊に年輩の方には「日の丸背負って、税金で行くのに、勝手に楽しまれてはたまらない。五輪代表は個人が楽しむところではない」といいたくなるのだ。
 アトランタ五輪の水泳女子の代表が、アメリカの受け売りで「オリンピックは楽しむつもりで出た」とみんなが半で押したように発言して話題になった。この時は女子のリーダーの個性が強く、ほとんどの女子選手が影響され「五輪は楽しかった」というフレーズのみが一人歩きしてしまったように思えた。これも、指導者の世の中に対する心配りが足りなかったのではなかろうか。
 オリンピックイヤーがスタートしている。選手たちは星野ジャパン示した迫真の戦いで予選を潜り抜け、日の丸を背負う強い心で北京に臨んで欲しい。そしてオリンピックを「楽しむ」のは視聴者・私たちの特権であって欲しい、と願っているのだが。



--- copyright 2006-2007 New Voice Shimamura Pro ---
info@shimamura.ne.jp