島村俊治の「アスリートのいる風景」(1月号)
◎ 第18回 「五輪の主役はテレビでいいのか」 |
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●米NBCテレビの横暴 |
ついに恐れていたことが起きてしまった。テレビがオリンピックを支配して競技スケジュールまで変えてしまうのである。2008年の北京オリンピック、競泳の何と全種目の決勝が午前10時からに決まってしまった。日本時間では午前11時になる。NBCテレビはアメリカのゴールデンアワーにアメリカで人気の高い水泳の競泳をもってきたかったのだ。今まで、競泳はオリンピックや世界選手権などの国際大会では、コンディション調整がベストの夕方から夜にかけて行われてきた。ところが、北京の夕方4時はアメリカ・ロサンゼルスの午前0時、シカゴの午前2時、ニューヨークの午前3時になる。これでは、視聴率はとれない。
NBCは、シドニーオリンピックの時もアメリカの3大ネットワークの中で、放送権を持っていたのだが、シドニーの夕方4時はシカゴの午前0時、ニューヨークの午前1時だったので、夜のプライムタイムに録画放送の形をとったのだ。結果は惨憺たるもので、インターネットやニュースで結果を知った人たちはオリンピックにチャンネルを合わせなかった。膨大な額の放送権料を支払っている放送局としては、とても採算がとれない。
そこで、NBCは国際オリンピック委員会に対してアメリカのプライムタイムになる午前中にスケジュールを変えるように要求したのである。当初、国際水泳連盟の見解などでは、今まで通り、夕方からが望ましいとしていた。この問題は3ヶ月以上もIOCとNBCの間で綱引きが行われたと聞くが、結局、IOCはお金に勝てず、選手の側に立てず、テレビの軍門に下ったのである。 |
● ローマから始まったテレビ |
戦前の1936年のベルリンオリンピックの「前畑ガンバレ」はラジオ放送が始まった頃の名放送といわれている。私は録音で聞いたことはあるが、私の生まれる五年前のことなので、ナマで聞いたわけではない。戦後、初めてオリンピックに日本が登場したヘルシンキで、全盛期を過ぎた古橋広之進さんが最下位の8着に沈んだ時、「日本の皆さん、古橋を責めないでください。戦後の日本で、我々に希望を与えてくれた古橋を責めないでください」と泣きながら伝えた飯田次男アナウンサーの声も名実況だった。そして、放送は、ラジオからテレビに移って行く。
1960年のローマオリンピックからが、テレビの幕開けとなるのだが、この時は、衛星を使った生中継は出来ず、イタリアの放送局が製作したものをビデオテープに収め、ローマから東京へ飛行機で運び、何日か遅れて放送したのである。インターネットの無い時代だから、それでも新鮮だった。オリンピックで本格的にテレビのナマ中継が始まったのは、東京オリンピックからである。この東京オリンピックからテレビは急成長をとげ、放送権料がオリンピックを支える大きな財源になり、テレビがオリンピックにカネの力を背景に「物を言う」時代に突入してしまったのだ。日本の放送局もNHKと民放が協力して放送権料を支払わねばやっていけなくなり、1976年のモントリオールオリンピックから、共同で中継をするようになっている。そうした各国の放送局の中で、巨額の放送権料を出しているのがアメリカ・NBCなのである。 |
● うなぎのぼりの放送権料 |
84年のロサンゼルスが3億ドル、92年のバルセロナが6億ドル、2000年のシドニーは13億ドル、08年の北京は17億ドルと見られている。その17億ドルのうちの約半分をNBCが支払っている。つまり、オリンピックの中で最大のスポンサーになるのだ。当然、「カネも出すが、口もだす」ということになる。
この放送権料などの収入はIOC、北京の組織委員会、各競技団体、各国の五輪委員会に配分される。問題はここなのだ。FINAとしては、テレビマネーを貰っているから、強力な反発はどうしてもやりにくく、及び腰にならざるをえない。競技団体が選手を強化するにも、カネがなくては環境や指導者などを整えることが出来ない。スポーツを強くするには、お金の力は欠かせないのだ。かくして、テレビオリンピックは、ますます速度を速めて行くことになる。オリンピックは、いまや、ビッグビジネスといえる。オリンピックにプロの参加を期待するのも、ビジネスとしての価値を高めたいからだ。ロゲ会長が野球の復活についての条件にドーピングの問題の解決だけでなく、アメリカ大リーガーの参加を強く要望したのも、ビジネス感覚の現れといえるだろう。 |
● 選手が第一 |
朝からベストの状態に体調を整えるのは選手にとって大きな負担になるのは言うまでもない。確かに予選の時に経験はしているが、予選と決勝が逆になってしまうと、果たして最高のレースが出来るのか、世界記録を目指すことが出来るのかなど、あまりにも影響がありすぎる。オリンピックに限らず、競技会は選手のことを考えるのが第一で、テレビの視聴率が第一ではない。視聴率でいえば、アメリカはよくても、日本やオーストラリア、開催国の中国でさえゴールデンタイムではなくなる。これをアメリカの身勝手といわずにおられようか。
芸能番組化したシンクロやバレー中継にあきれていたが、競技日程まで変えてしまうとなると、テレビの金権は留まるところを知らなくなるのだろう。ああ。 |
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