5月末から6月にかけて今年もフランスのブローニュの森で華やかに、苛酷に繰り広げられた全仏オープンテニスの中継に行ってきた。昔は優雅だったテニスも、今では世界ツアーを転戦する。コートの違い、猛烈なスピード、自然条件など選手にとってはメチャメチャに厳しい戦いが行われている。「無事これ名馬」といわれるが、選手たちの一番の敵は怪我である。当然、選手の寿命は年々短くなる。人気のシャラポワもテニス以外でモテモテでいるとすぐに抜かれるし勝てなくなる。水泳は常に水の中を泳ぐ。勿論、水の硬さや水温の違いはあろうが、条件は比較的整っている。だが、テニスは違う。オーストラリアとアメリカはハードコートでよく弾む。それも、アメリカの方が硬い。ウインブルドンは芝生、そして、フランスのローランギャロスは赤土のクレーコートである。「赤土の下に魔物の神が棲む」といわれ、何かがおこる。今回も男子の準々決勝と準決勝では2人のトップレベルの選手が背中を痛めたり、腹痛で試合半ば、棄権するというハプニングが続いてしまった。如何に苛酷な試合が続いているかという証である。
世界で戦うトッププレーヤーの経歴を見ると、ほとんどの選手は恵まれた環境のもとでテニスを始めている。裕福な家庭に育ち、父や母の影響で10歳未満からテニスを始める選手が多い。才能のある選手は10歳前後からプロを意識して本格的なトレーニングを行っているのである。今の水泳界もこの状況とかけ離れているわけではない。ただ、プロの世界があるテニスは学校教育に進むのではなく、早くからプロの道を目指すことなるのだろう。国を離れ、テニスの先進国のアカデミーで練習する選手は沢山いる。そこが、アメリカのフロリダであったり、スペインであったりするのだ。勿論、経済力が無ければ難しいのだが、シャラポワのように、親子で懐に7百ドルだけもってロシアから米のフロリダに向かったという逸話のハングリー物語もある。
国によって選手の置かれた状況は様々である。徴兵制度のある国の選手は選手生活が続けられるかどうかという深刻な問題にも直面する。今年1月の全豪オープンで準優勝したキプロスのバグダティス選手は、この成果で徴兵が延期になった。今年の野球のワールドベースボールクラシックでも、韓国の選手は準決勝進出の大活躍で徴兵が免除されたというニュースは皆さんも知っているかもしれない。今大会の女子で4回戦に進んだイスラエルのシャハール・ペールは今年から2年間の軍隊生活に入っている。イスラエルでは女性も兵役があり、彼女は去年の10月に3週間の訓練を受け、今年入隊した。勿論、特別の待遇はあり、期間中もテニスのトレーニングを行い、数を限って海外の大会への出場も許されている。軍隊の経験がテニスにも役立つのか、彼女は今季ツアーで3勝をマーク、しかも全仏の前哨戦に勝ってローランギャロスへやってきたのだ。4回戦に進んだペールは、人気のマルチナ・ヒンギスと対戦、ファイナルセットまで持ち込む大健闘をみせた。ガンガン強いボール打ち込み、ヒンギスも「危ないかな」と思わせる場面も作り上げた。もし、勝っていたなら、きっと日本のマスコミも「軍人ペール」を話題にしただろう。「テニスを続けながら、国民と同じように兵役中に出来る経験を生かしたい」と彼女は健気に語っている。兵役の是非を私は語っているのではないが、日本の若者には判らない環境でスポーツを続けている選手もいることを知って欲しいのだ。
もう一人、家族全員でキャンピングカーに乗ってツアーを転戦している超ハングリーの女子選手を紹介しよう。彼女の名前はアラバンヌ・レザイというアラブ系のフランス人選手である。2回戦で日本のエース杉山愛に逆転勝ち、準決勝まで進んだバイディソバに3回戦で「あわや」という善戦を見せた。バイディソバに負けず劣らず打ちまくる。杉山も強打に逆転された。
アラバンヌの父・アルサランは78年、イラン革命の1年前にヨーロッパに移住する。7歳の彼女をテニスの選手にしようと、専門的な知識やトレーニングを知らないまま選手に仕立て上げていく。始めた頃にこんな逸話がある。スクーターに彼女を乗せて35キロ離れた会場に試合に行った。彼女は真冬の寒さでおもらしをしてしまうのだが、父はセーターを脱ぎ、腕の部分に脚を入れさせ、セーターを巻きつけて試合をさせ、完勝させたという。コートが借りられないので、夜の市営コートに潜入、雪を払い、焚き火をして練習、車のヘッドライトが照明、キャンピングカーで三食の食事を家族で続けた。父はテレビでみた選手のフォームを真似させた。サッカーのゴールキーパーの経験を生かし、反射神経と速さ、「もっと早く、もっと強く打て」といい続けた。今度の全仏の最中も会場まではメトロで移動、友達の家に居候、家族は会場の駐車場にとめたキャラバンで寝泊りした。そして、2回戦で杉山愛を破り、3回戦まで進んだのだ。この賞金約40万が今後の彼女のツアーで戦う資金になるのだ。父は「娘は必ず世界一になる。ならなかったら、イランに帰り一番へんぴな田舎に引きこもる。」ハングリーの中で戦う強さ、恵まれた日本のスポーツ界に当てはまるとは思わないが、日本人が忘れている「何か」がそこにあるのではないでしょうか。 |