スイミングマガジン・「2006年 6月号」掲載記事
島村俊治の「アスリートのいる風景」(6月号)
◎ 第10回 「北京へ、連覇」

 競泳の日本選手権の取材に東京辰巳国際水泳場に出かけた。アテネ五輪以来、金メダル効果は著しく、会場の雰囲気は今年も盛り上がっていた。スタンドの声援もそうだが、報道陣の多さは私が実況していた頃とは比較にならないほど多い。マスコミやファンの多くはメダリストたちが圧倒的に強く、順当に勝ってくれることを期待しているようだが、ひねくれものの私は、強いと思われている選手やティームを勝てなかった者がどう負かすのかを見たいという、ある種のテーマを抱きながら見続けてきた。いつも言うのだが、金メダルはその日一日強かった証である。翌日になれば、月日がたてば新しい力がまた台頭してくるものなのだ。勝負の世界は平家物語のような「無常観」が必ずつきまとう。驕り続けた平家は滅亡する。スポーツの世界での連覇というのは至難の出来事の一つだ。プロ野球の世界で、かって巨人が日本一・九連覇という快挙をやってのけた。今のプロ野球では二連覇することもままならないのだ。個人競技以上にティームの場合は選手の入れ替わり、ライバルティームの補強、プロだとドラフトやフリーエイジェントなど様々な要素が絡んでくるのでますます難しくなる。
 そこえいくと、タイムを競う競泳や陸上競技には連勝のケースがよくある。絶対値を競うわけだから、本人の力量が伸びたり維持できるなら七連勝や八連勝もありうるのだ。勿論、それは並大抵のことではあるまい。選手は必ず怪我をする。そういったピンチを必ず乗り越えないと連勝は難しいといえるだろう。
 今大会、最も注目を集めた金メダリストの北島康介は二百で惨敗、五十で敗れたあと、最後の百平泳ぎで辛うじて優勝した。内容は決して褒められたものではなかったはずだ。それでもこの種目の七連勝は大いに讃えてやらねばなるまい。そう思ってプログラムを丹念に調べてみた。日本水泳選手権の競泳は数えて八十二回になる。一つの種目で七連勝以上した選手は十二人もいる。そして、数字の切れ目は七と八である。七連勝は今回の北島康介を含め九人いる。女子二百平の「前畑ガンバレ」の前畑秀子、女子百平の長崎宏子、女子二百自由の佐藤喜子、女子四百の山田沙知子、男子四百自由の山中毅、男子千五百自由の平野雅人、男子二百背の福島滋雄、男子百バタの山本貴司、そして百平の北島康介となる。
勿論、一度途切れてまた勝ち続けたという選手もいるが、ここでは連勝に拘ってみた。すると、八連勝が二人いた。女子二百背の田中聡子と女子二百平の長崎宏子である。長崎選手はただ一人二つの種目で七と八連勝したスーパースイマーだった。そして、競泳にも九連覇がただ一人いる。男子二百背の糸井統だ。今は岐阜で高校の先生として指導もしている。その糸井も一度、大ピンチがあった。堀井利有司と大接戦で同着同タイムという六連覇があった。高校、大学、教員と長いこと第一人者だった糸井選手のこの継続の勝利をぜひ記憶に留めて欲しいのです。
 連勝を続けた選手たちは一つの時代を築いた名選手です。それでも、五輪で金メダルを手にしのは前畑さんと北島康介だけです。私が実況した選手では今でも怪我に泣いてベストコンディションでその日を迎えられなかった長崎宏子と最高のレースをやりながら最後にかわされた糸井統選手の四位が強く、強く思い出に残っています。連勝の七は多いのに八になるとそこで途絶えてしまうのはなぜなのでしょう。生活環境の変化が大きいし、体力を維持するにはその辺が境なのでしょうか。あるいは、オリンピックの周期が四年に一度、次の世代が延びてくる時期にぶつかるのでしょうか。私に分析する力はないのですが、選手寿命を考える上で妙に七と八の格差を意識させられてしまいました。
 北島の五十のレースをスイマガでもお馴染みの望月秀記さんと一緒に見ていました。望月さんがオリンピックの平泳ぎの歴代優勝者を見ながらいいました。「島村さん、五輪の平泳ぎの連覇っていませんねぇ。ロージャ、バローマン、ルンドクイスト、
ウイルキー、みんな、あんなに強かったのに何故か平泳ぎは連覇が難しいんですねぇ。あっ、いました。いました。日本の鶴田義行さんが戦前にやってるんですねぇ」「ということは、北島もありうるってことかなあ」
 報道席での望月さんと私の会話の一こまである。北京までの二年余り、長いと思うか、短いと思うのか、いずれせよ、今の北島の泳ぎは金メダルや世界記録をマークした頃とは別人に見える。本人もそのことをよくわかっている様子だ。百で何とか勝てたのは崖っぷちに追い込まれた彼の意地とプライドと勝負根性だろう。しかし、これでは世界では勝てない。一度落ちた力を戻すには並大抵のことではないはずだ。しかも、マスコミはいつまでも金メダリストとして彼を見ている。これからのレースで勝っても負けても騒ぐだろう。金メダリストの宿命といってしまえばそれまてだが、世の中とはそうゆうものでもあるのだろう。八月のハンパシフィックの代表権は手にした北島だが、練習とレースをやりながら肘や肩を直していくという選択なのだろう。連覇という目標はいばらの道といえるが、それもまたやりがいのある、世界で彼にしか出来ないチャンスでもあるのだ。



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