スイミングマガジン・「2006年 3月号」掲載記事
島村俊治の「アスリートのいる風景」(3月号)
◎ 第8回 「冬のオリンピックから学ぶ」

 トリノ冬季五輪が始まった。「世界中で一番オリンピックが好きな国は日本だ」というと、「そうかなぁ」と首を傾げる人もいるかもしれないが、私の経験からすると、「メダル、メダル」とバカ騒ぎするナンバー一は日本だと思っている。テレビオリンピックの影響は大だろう。五輪の期間中、どのチャンネルを廻してもオリンピック放送をやっている。こんな国は日本だけだ。でも、それには理由があるのだ。五輪の放送権料はメチャメチャに高騰し続けている。その対策として、日本の放送界は1976年のモントリオール夏季五輪からNHKと民放が共同でお金を出し、放送権を獲得するようになった。初めは夏季五輪だけだったが、今では冬季も共同制作になった。アメリカでは三大ネットワークの一つが権利をとる。だから、五輪の期間中は放送権をとった局しか放送出来ない独占中継になる。ところが、日本はNHKと民放合わせて6局が権利をもっているので、どこをまわしても期間中は五輪放送一色に染められてしまうのだ。そうなると、各局が競ってスタジオで変化を付けようとする。スタジオにスポーツとは関係ないタレントを集め、バラエティのようなバカ騒ぎをする。スポーツ選手くずれでキャスターやタレントになった人が訳知り顔にうんちくを傾ける。いやはや、「うるせえ、現地からの中継だけ見せてくれればいいんだ。黙ってろ」といいたくなる。勿論、私もテレビ業界に長いこと身をおいているから、「視聴率取れないとディレクターもやっていけないから、しょうがないかぁ」とつぶやく次第となるのだ。いずれにしても、今や五輪はビッグビジネスとテレビ五輪に成りきってしまった。
 冬季五輪は夏に遅れること28年、1924年に始まった。冬の競技は厳しい自然との闘いがテーマである。雪と氷の中で過ごす北国の人々が生活の必要性の中から開発してきた競技である。スキーもスケートも交通の手段として生まれてきたものだ。運河の国オランダでは冬、運河が凍る。人々はスケートに乗り運河という道路を行き来した。だから、スピードスケートの長距離はオランダでは大人気の種目である。
 夏に比べて人気も規模も大きくなかった冬の五輪がテレビの活躍とともにビッグビジネスになってきた。4年に一度、同じ年に開かれていた夏、冬の五輪は92年のアルベールビル五輪の後から、夏冬交互に2年おきの開催となった。すなわち、アルベールビルの2年後にリレハンメルが入り、そこから4年後の長野へと続いたのだ。五輪アナウンサーとして8回五輪を経験した私だが、冬はアルベールビル、リレハンメル、長野と6年間で3回もマイクに向かった。夏冬交互に2年おきに五輪がやってくる。まさに、スポーツビジネスの中で最高のイベントが五輪であり、各競技の世界選手権とあわせると毎年のように世界規模の大会が開かれ、スポーツ企業が栄えるという仕組みになっているのである。
 冬季五輪は雪と氷が舞台だ。自然と人との闘いでもある。突然、強風が吹く、雪が舞う、氷に疵がつく、スタートの順番で条件が違ってくる。全員同じ条件で滑りたくてもそうはいかない。だから、選手は運、不運を受け入れなくてはならないのだ。スピードを競うレースものでも、競泳なら、、同時に8人が泳げるが、スピードスケートは2人ずつだ。氷と雪という厳しい自然とどう闘うのか、致し方ない不平等の条件を受け入れつつ、如何に克服するのか、ここを見極めると冬の五輪を一層、興味深く観戦できるはずだ。スポーツは人と人との闘いだが、それに加えて、冬の五輪は自然に立ち向かい、雪と氷という障害を生かし切った者に勝利があると言えるのだろう。
 スイマーの皆さんには、ぜひトリノ五輪を真剣に見てほしいと願っている。指導者の皆さんも、練習とかちあっていたら、練習をお休みしてでも世界最高の舞台を選手と一緒に見ながら「勝負のあり方」を見て欲しいのです。スピードスケートと競泳、フィギュアースケートとシンクロナイズドスイミングに飛び込み、アイスホッケーと水球、何れも共通点がある競技ではないでしょうか。ぜひ、テレビ五輪を旨く活用して欲しいのです。テレビの素晴らしさは人の眼では見えないものも写しだしてくれます。私が見て欲しいのはスタート前の選手の動作、表情、気持ちのあり方です。優勝候補の選手がプレッシャーの中、どんな仕草や表情でいるのか、テレビカメラは非情なほど的確に捉えます。この場にきて、選手はごまかしはきかないのです。作り笑い、自信なさげな表情、集中してりりしい眼差し、自然な振る舞い。勝負は、実は戦う前からついているのです。特に、アップで写しだされた選手の眼を見てください。昔の人はこういいました。「目は口ほどにものをいい」いい目をしている選手は、たとえ負けても、全力を出し切れるはずです。トリノ五輪は競技種目こそ違いますが、勝負のあり方や選手の心を読み取るには「素晴らしい教材」となるでしょう。オリンピックを楽しみながら、「いつも自分ならどうする」と問いかけることではないでしょうか。水泳以外から学べることは沢山あるはずです。



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