スイミングマガジン・「2006年 2月号」掲載記事
島村俊治の「アスリートのいる風景」(2月号)
◎ 第7回 「語り継ぎたい名スイマー」
● 師の教え

 「人生の師をもつことは大切なことです。困ったとき、悩んだとき、師匠はどう考えるか、私は自分の心に問いかけるのです」プロ野球界の現役時代、打撃の神様といわれ、監督として前人未踏のV9を達成した川上哲治さんが言われた言葉です。
 私の人生の師匠は、恐れ多いのですが、川上哲治さんです。別に弟子入りをしたわけではないのですが、私が勝手に思っているのです。NHK時代に解説者とアナウンサーの立場で実況中継のマイクを共に組ませて貰ってから、私は川上さんに私淑しています。川上さんが言われた「成り切る」という心境に近づいてみたいと思っているのです。自分の選んだ仕事も含めた生き方を、とことんやりとおしてみることを薦めてくれました。だから、今、64歳になる私ですが、ある時は若いアナウンサーや解説者とマイクを共にし、ある時はコラムを書き、ある時は講演や司会をやっています。勿論、テレビの仕事を大それたものなどとは、これっぽっちも考えていません。ただ、スポーツを見続け、スポーツ実況の放送者に「成り切って」みたいのです。興奮して喚いたり、絶叫し続けるのがスポーツアナウンサーでないと私は思っています。もしかすると、若者には受け入れられない「時代遅れ」の放送人かも知れないのですが、それでも、自分の信じる道を、とことん遣り通したいのです。
 色々なスポーツを放送してきた私ですが、最も興味があるのは監督やコーチの指導力です。試合の目標は勝つことです。しかも、勝ち続けることです。殊にプロスポーツは目的も勝つことです。アマチュアは色々な目的があっていいでしょう。
 では、勝ち続けるために指導者は、リーダーはどんな方法でティームや選手を導いているのでしょう。勿論、そのやり方は人それぞれ、自分流を貫いています。最近、あるCS放送の長時間インタビュー番組で素晴らしい言葉に巡り合いましたのでお話してみましょう。2人ともプロ野球の監督として、一時代を築き、プロ野球の殿堂入りした方、阪急ブレーブスの監督だった上田利治さんと広島東洋カープで赤ヘル旋風で日本一になった古葉竹織さんです。
 上田さんは選手としての実績はほとんどなく、20代でコーチになり、若くして監督になった方です。情熱と知性を兼ね備えた監督でした。若くしてコーチになったからでしょうか、上田さんはどんな選手でも平等に接することをモットーにしたそうです。当たり前のようですが、多くの選手を抱えているとこれが難しいといいます。また、監督、コーチと選手の間は厳しく一線をひくのに心を配ったそうです。選手は誰もが監督コーチを見ています。気に入った選手と酒を飲み、飯を食い、可愛がっていてはティームは一つにまとまりません。アマチュアの場合は一線が引きやすいのですが、プロにとっては結構やっかいな問題なのです。上田さんのキャッチフレーズは「ええで節」といわれた選手を褒めることでした。マスコミを大事にした上田さんは必ず試合前、報道陣と話をしましたが「ええで、ええで」と関西弁で次々に選手を褒めました。褒め殺しなんて言葉がまだない時代でした。監督にとって最も大事なことは「決断」だといわれます。ある意味では、監督の全てはここに集約されているでしょう。上田さんが語ってくれた一番の「悔い」も決断についてでした。4連覇がかかった日本シリーズのヤクルト第4戦、9回2死まで好投していた今井雄太郎投手がピンチになり、上田さんは交代を告げようとマウンドにあがりました。すると、内野手が口をそろえて「あと一人だから投げさせてやってください」と訴えました。その時、何故か上田さんは受け入れてしまいました。今までにはなかったことだそうです。そして、今井投手は打たれ、逆転負け、シリーズの流れは変わり、4連覇は消えました。「決断」の重みと選手との一線の難しさを感じる告白だったのです。
 古葉竹織さんには監督としてのモットーを聞きました。「心がけていることはなんですか」「ボールから目を離さないことです」と答えました。至極当たり前の言葉です。しかし、そこには、もっと深い意味がありました。通常、選手が球場で練習を始めるのは午後2時、試合開始は午後6時です。古葉さんは球場入りしてずっとボールを追っているのだといいます。つまり、そこには選手が打ち、投げ、走っている。選手の状態はボールを追っていればしっかり掴むことが出来る。体調、調子も見極められる。確かに、古葉さんは私たちマスコミと話していても、常に目はボールと選手を追っていたことを思い出します。試合が始まれば、なおのこと、一球、一球を凝視していました。バッテリーにはいつも言っていたそうです。「困った時はベンチを見ろ。どんな時でもサインは出しているから」
今月は水泳の指導者の皆さんに、ひよつとして、感じとってもらえるかなと思いプロ野球の名監督のインタビューから纏めてみました。



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