スイミングマガジン・「2005年12月号」掲載記事
島村俊治の「アスリートのいる風景」
◎ 第5回 「バレンタイン監督に見る信頼」

 今年のプロ野球パリーグのプレイオフは一点を争う好試合の連続でプロ野球ファンを満足させるに十分の内容だった。今月の私のコラムのキーワードは「信頼」ある。
 バレンタイン監督率いる千葉ロッテマリーンズは31年ぶりにパリーグのチャンピオンになった。プロスポーツとしては理想となる地域に根付き、ファンの心を捉えたみごとな戦いであり、素晴らしいロッテファンの声援である。ストッパーであり、選手会長の小林雅英投手はロッテファンを「彼らは、もはやファンではなく我々のティームの戦力なのです」という。毎試合、千葉マリーンスタジアムのライトスタンドには『26・ロッテ イズ マイ ライフ』と染め抜いた巨大な横断幕が拡げられる。ロッテのベンチのバレンタイン監督の後ろの壁には背番号26のユニフォームが掛けられている。プロ野球の試合でベンチ入りできる選手の数は25人だ。26という数字はファンも選手と一緒にベンチに入って闘っているという証なのである。ここまでロッテファンの心を捉えたのはロッテ監督ホビー・バレンタインのファンを信じ、サービス精神に徹した姿勢にファンが応えたからなのだろう。
 バレンタイン監督はこの2年間、選手を信頼し続けてきた。それがここ一番の大事な場面に集約されていた。今年のロッテはメンバー全員が主役だった。誰もが自分の役割に徹していた。「おれが、おれが」ではなく、バッティングもピッチングもみな次ぎに繋いだ。巨人のような馬鹿げた野球はくそくらへなのだ。団体スポーツとはまさにこうやるのだという真髄をみせてくれたといってもいいだろう。
 プレイオフの第3戦、2連勝して王手をかけたソフトバンクホークスとの最終回、バレンタインは4点リードしていたが、いつものようにストッパーの小林雅英をマウンドに送った。これがロッテの勝利の方程式なのだからバレンタインは小林を信じたのだ。しかし、小林はいつもの状態ではなった。仲間が声をかけても上の空、放送席の私も「上がっていて危ないな」と心配した。案の定、小林は連打を浴び、何と、4点を失って追いつかれてしまったのだ。天国から地獄とはまさにこのことを言うのだろう。結局、延長でロッテは逆転さよなら負けを喫する。その後が重要なのだ。バレンタイン監督は一言も小林を責めなかった。「彼を信頼している。こんな日もあるのだ。次も小林に変わりは無い」その夜、小林は娘さんから「パパのバカ」といわれて、ふっきれたそうだ。
 第4戦もロッテは落とし流れはソフトバンクに傾きつつあった。第5戦、ソフトバンクに2対1とリードされる。8回、無死一、二塁のチャンスが訪れた。打席は4番のサブローである。サブローは他のティームの4番打者とはタイプが違う。本来1番、2番、7番を打つ俊足好打の打者である。しかし、バレンタイン監督はシーズンの後半からあっと驚くサブローに4番を打たせたのだ。いずれ変えるだろうと誰もが思った。しかし、バレンタインは変えなかった。というより、サブローが打ち続けたのである。それも、他のティームとは一味違う次に繋げるチャンスメーカーにもなる4番として機能したのだった。プレイオフも好調さを維持したサブローだったが、第3戦を境にパタッとあたりが止まっていた。この日もそうだった。放送席の私は解説者に「ここは4番とはいえ、バントがありますか」ときくと、「当然でしょう。今のサブローの状態と8回を考えれば」しかし、バレンタイン監督はバントのサインは出さなかった。彼を4番として信頼していたのだろう。では、サブローはヒットを打てたのだろうか。結果は凡フライに終わった。しかし、次の里崎が、なんと逆転の2塁打を左中間のフェンスにぶつけたのである。バレンタインの選手を信頼する心は次の里崎に受け継がれたといえるだろう。そして、1点リードの9回、再びバレンタインは小林雅英を躊躇することなくマウンドに送った。そして、小林は今度こそその信頼に応えたのだ。バレンタンは福岡ドームの下、信じきった選手の手で宙に舞ったのだ。指導者が選手との信頼関係をどう作り上げるか、プロ野球を楽しみながらも得られることはあるはずだ。
 バレンタインはシーズン中、127通りのオーダーを組んできた。彼は固定観念にとらわれないのだ。守りも色々なポジションをやらせる。日本はどうも中学、高校の頃からポジションや打順を固定してしまう傾向にある。アメリカの方が子供の頃から柔軟に色々やらせる。サブローはあのPL学園でも4番は打ったことがなかったのだ。
 泳ぎも同じことがいえそうだ。百の自由形で待望の49秒台を出した佐藤久佳選手は個人メドレーの選手だったと聞く。いつスプリンターにするかの指導者の慧眼がまさしくそれなのだ。かつての鈴木大地も個人メドレーをやっていた。いつ背泳ぎにさせるか、鈴木陽二コーチはそのタイミングを捉えたのだ。
 優勝インタビューでバレンタインは、「マジックといわれますが」と聞かれ、「ノーマジック、全員が夢に向かって突き進んだのです」と答えている。信頼の賜物だろう。



--- copyright 2005- New Voice Shimamura Pro ---
info@shimamura.ne.jp