Sportus Field Column −島村俊治の勝負を語る!−
◎アテネを前に、思うこと |
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いよいよ、だ。それぞれの思いを胸に、日本代表の選手たちはアテネに挑もうとしている。戦う者も応援する者も、五輪発祥の地で行われる大会だから、この機会に是非、五輪のこれまでの流れを心に刻んでほしいのだ。
1964年の東京大会で五輪は頂点に達したといえる発展を続けてきた。しかし、メキシコからその陰りが見え始めた。人種差別に抗議の意思を表した黒人選手が表彰台で黒い手袋をした拳を振りかざした。あの象徴的シーンを私は忘れることができない。ミュンヘンでは忌まわしいテロ事件が選手村で起きた。平和であるべき五輪で死者が出た。
1976年のモントリオールは経済問題が露出する。 |
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膨大な建設費が賄いきれず開会式のメーン会場にはクレーンが残っており、競技場は未完成だった。前回のテロから各競技場は兵士が銃を持って警戒する中で行われた。
ロサンゼルスは東西冷戦の中、東側がボイコットした。1980年のモスクワ大会は、今度は西側諸国がボイコット、日本も不参加だった。この時、選手生命の最盛期だった選手にとっては断腸の想いで不参加を余儀なくされたのだ。この二大会は“五輪”とは言えず、“四輪”だったのだ。ソウル以降は、既に始まっていたコマーシャリズム、ドーピング、そしてティームゲームでのプロの参加する時代へとつき進んできた。
IOCのTVマネーへの依存、金権主義、プロのスターを集めるプロ五輪、いまや五輪は企業、産業といってもいいだろう。五輪の創始者といわれるクーベルタン男爵が唱えた「オリンピックは参加することに意義がある」。この言葉は違うニュアンスのもとで今でも生きていると私は思っている。水泳の日本やアメリカの選考会の厳しさ、感動を与えた女子バレーの戦い、その予選を勝ち抜いた選手たちは、まさに「参加することに意義がある」果実を手にしたといえるだろう。
しかし、方やテニスのようにプロの世界ランキングの上位48人に自動的に出場権を与えてしまう競技もある。日本の野球もしかりだ。今回は全員プロ野球選手だ。テニスにしろ野球にしろ、アマチュア選手の夢や希望はどうなるのだ。アメリカのバスケットもNBAの(今年はちょっと実力は落ちるが)ドリームティームである。優れた学生でも五輪は、いまや閉ざされた世界になっているのだ。
指導者の皆さんに、ぜひお願いしたい。皆さんの指導する選手たちに今の五輪の現状を、ぜひ伝えてほしいのです。もちろん、私と違う意見でもいいのです。五輪の真の姿を知らずして「オリンピック礼賛」と「メダル、メダル」と騒ぐだけでは、昨今の俳優やタレントを使ったTVキャスターとわめき叫ぶことしかできない五輪実況アナウンサーと何ら変わりないことになるのです。
平和のあり難さを実感できる五輪であってほしい。勝つことは目標だがそれが全てではないのです。如何に立派に戦い負けるかも重要なのです。
私は8回の五輪実況をしてきましたが、心に残るシーンは必ずしも金メダルのシーンだけではありません。溺れそうになりながら予選を泳いだ選手、レース中に足がつり、コーチの父が肩を抱き、最後まで足を引きずって歩いた優勝候補の選手。夢遊病者のようにフラフラになりながらゴールを目指した女性マラソンランナー。
そうです。最後まで全力を尽くすことが尊いのです。そして、国を代表するということはどういうことなのか、自分でしっかり答えをだしてください。私は心のメダルを応援しています。
最後に、アメリカはやはり強そうですね。オリンピックから逆算して勢いを持続できるところで選考会を開きます。私のレースアナウンサーとしての、選手の力を判断する目安は、最後の調整力と一番新しい記録。それを優先します。あまりにも注目を集めすぎてプレッシャーになると自滅します。ただ、騒がれている中で世界新記録を出して勝てれば、それが真の実力者といえるでしょう。
先月号の鈴木大地さんとの対談で青木真由美さんが残した言葉に納得しました。「運ですよ。最高のコンディションで臨めました。決勝が一日先でも後でもだめでした」。
そうなのです。違う言い方・・・・・私流に言うと、オリンピックの勝者は決められたその日、一日だけのものなのです。そう思うと、気が楽になりませんか。 |