「鈴木大地追ってきた、追ってきた、逆転か、逆転、さあ、タッチはどうか、鈴木大地勝ったぁ、鈴木大地、金メダル、55秒05、鈴木大地、金メダル!」
こん身の力を振り絞って、42歳の私は高い放送席から奈落の底のプールを見下ろし、金メダルを伝えていた。
実力No.3の鈴木大地は予選が終わると、"All or Nothing"を決断する。銅メダルはいらない、金メダルだけ。
4年前のロサンゼルス、鈴木大地‐鈴木陽二コーチのコンビは毎日見せつけられた星条旗を悔しい思いで見つめていた。「次のソウルこそ、日の丸を掲げる」4年間で潜水泳法のバサロを武器に大地は世界のトップレベルにまで力をつけた。それでも、予選で優勝候補筆頭のデービッド・バーコフが世界新記録をマークする。放送席の私は「銅メダルでも十分だよ。金はバーコフだ」と思っていた。
予選が終わり、大地は「作戦は内緒。自分に勝つことです」といい、解説の東島新次さんが「バサロを伸ばすらしいですよ」と情報を入れてくれた。
「大地、お前は天才だからな」と陽二コーチが送り出す。スタート直前、大地は見開いた目で場内をにらみつけた。「勝負師の気合い」何かが起こる予感がした。
五輪のレースを見る時、スタート直前の選手の表情、しぐさをよく見て欲しいのです。そこに、選手の4年間の思いと集中力が凝縮されています。勝負はこの時に決められているのかもしれません。中にはメダル、メダルと騒ぐスタジオキャスターや実況者もいるかもしれませんが、自分の目で見極めましょう。
五輪のレースは最速の選手が勝つとは限らない。最強の選手が勝つのだ。世界記録保持者が勝てないことがよくあるのが五輪なのです。五輪は決められたその日に勝つから金メダルに価値があります。今でも私はこう思っています。
「10回やったら、あとの9回はバーコフが勝つだろうな」
だからこそ、潜水のバサロを伸ばして、五輪の大舞台で勝負を賭けた大地‐陽二コーチの決断に最大級の敬意を今でも、五輪のたびに表しています。
大地君、今度は解説の金メダルを目指してほしい。珠玉のコメントは、結構難しいよ。 |