インタビュー 増田明美
「スポーツの現場ってキラキラ輝くエネルギーがあるんです」
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ロサンゼルスオリンピックに出場し、引退後はスポーツジャーナリストとして解説や執筆、大学教授など様々な分野でスポーツの素晴らしさを伝えている増田明美さん。日本中が注目していた五輪での挫折の真相から現在のマラソン界について、そのほか趣味や意外な交友環形まで幅広くお話していただきました。 |
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「また明日から頑張ろう」と思ってもらえるような解説をしたい
“走ること”から“書くことへ” |
島村
ずいぶん久しぶりだけど、最近も相変わらず都はるみ?(笑)
増田
それがあんまり歌ってないんですよ。最近は、ちょっと時間ができるとよく旅行をします。
今年の夏も主人と二人で、プラハとウィーンとパリに行ってきたんですけど、八月でも朝の気温が15,6度なので、観光ランニングで毎朝二時間ぐらい、14,5世紀の街並みを走ってきました。
島村
僕は歩くのが好きだから、その街に行ったら歩く。旅をするってそういうことじゃないかなぁ。観光じゃなく、歩いたり走ったりすると見えてくるものがある。
増田
そう、土の匂いとかね
島村
ところであなたは今、マラソンの解説にテレビのコメンテーター、大学の先生もやってるよね。市民ランナーと一緒に走ったり、人生相談もやってるでしょう(笑)。
増田
全部広く浅くですから。でも人生相談は勉強になりますね。解説の仕事は選手や指導者から元気をもらえます。だから私も、選手が後で自分のレースを見直した時、私の話を聞いて「また明日から頑張ろう」と思ってもらえるような、そんな解説をしたいんです。
島村
増田さんはタレント性豊かでいろんなことができるから、これからどこにターゲットを絞っていくのか聞きたかったんだけど。
増田
私は、選手を引退して最初に選んだ道がスポーツライターでしたし、基本的に書きたいという気持ちがずっとあるんです。2008年の北京オリンピックに向けて、初めて「カゼヲキル」という児童文学を3冊出したんですけど、作家の三浦しをんさんや森絵都さんとお会いできて影響も受けましたし、やっぱり毎年一冊づつ、何かをテーマに描き続けていかなければいけないと思います。解説はもうキューちゃん(高橋尚子)や千葉ちゃん(千葉真子)にバトンタッチしてね。
島村
僕は増田さんのエッセイとても好きなんだけど、短い文は難しいよね。それにはご趣味の俳句も役立つんじゃないですか?
増田
俳句はいいですねぇ。自分が感じたことを切り取って、575のリズムを考えながら作る過程が面白いんです。私の俳句の先生で親友の黛まどかさんが開く白夜句会に行くと、たった17文字ですけど、深いなあと気づかせてもらえるんですよ。
島村
大学はどういうテーマで教えてるの?
増田
スポーツ文化論と「スポーツと健康」なんですけど、スポーツ文化というテーマで書かれた本を読んでも私には難しくて(笑)、最初はどうしようかって。
島村
僕もスポーツ文化論なんだけど、今を伝えることが大事だから、僕はその日の新聞を使う。大リーグの話題なんて絶好だよね。アメリカのスポーツって文化だから。
増田
そうですよね。私も応援やサポートを通じて人が豊かになるのも文化だとかんがえたら、「そうか、東京マラソンも文化なんだ」と思えて、今は私流にやっています。
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ロサンゼルス五輪での挫折から再出発へ
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島村
僕も実況したけど、成田高校時代はあらゆる日本記録を塗り替えたんだよね。
増田
あのころが全盛期でしたね。それは陸上部の監督だった滝田(詔生)さんの情熱と指導力、先生に勧められて読んだ吉川英治さんの「宮本武蔵」があったから頑張れたんです。
島村
ミュンヘン五輪の水泳で金メダルを取った田口信教さんも、選手村で「五輪の書」を読んでたんですよ。
増田
あれはまさに戦術です。でも高校生の私には難しくて理解できませんでした。
島村
オリンピックだから「五輪」なんだなあと思ってね(笑)あなたが出場したロサンゼルスオリンピックは、女子マラソンやシンクロが正式種目になって、女性に門戸を広げたことでも画規的な大会でしたよね。
増田
島村さんは私がゴールになかなか現れないから、心配そうに実況されていて(笑)最近わかったんですけど、あの時私は適応障害だったんです。症状が重なるんですよ。精神年齢と舞台とのギャップがあり過ぎて、暑さ対策にも失敗したことで、「どうしよう、みんなに応援されてるのに」ってもうパニックになって、壮行会をすっぽかしたり。
島村
スタートからどんどん飛び出して行っちゃったから、「これはちょっとまずい」と思いながら喋ってたんだよね。それにスイスのアンデルセン選手が、熱中症でフラフラになりながらも棄権しないでゴールしたじゃない?あれで僕は、すべてのオリンピック種目の中で、マラソンだけはゴールインした者が全員勝者なんだと思いたいなって。
増田
そのアンデルセンさんのゴールは救護室のベッドで検査を受けながら、テレビでみてたんです。
やっぱりマラソンは、ビリでも完走した者には拍手を送るけど、どんな理由があっても途中棄権は後ろ指をさされる。私の人生はもう終わったと思いました。日本に帰らないようにするにはどうしたらいいのか、後ろ向きに後ろ向きに考えて。 |
オリンピックで失敗してからは、いろんな面で変わりました |
島村
でもあなたはその痛みからもう一回チャレンジしていった。僕はそれがすごいと思う。結局あそこから増田明美の今の人生は始まったんだよね。もしスイスイ勝っちゃったら人生間違っちゃうんじゃないかな(笑)。
増田
確かに記録を次々塗り替えている頃はちょっと高飛車で我が儘でした。人間の性って怖いですよ。19歳の時、オスロのハーフマラソンで4人でトップ争いしたんですけど、一人が出た瞬間、私は彼女のシャツの背中をギュッと掴んだんです。勝ちたい気持ち剥き出しで。でもオリンピックで失敗してからは、いろんな面で変わりました。変わらざるを得なかったんです。あそこを境にね。
島村
それは中山(竹道)もそうだよね。瀬古(利彦)に「這ってでも出てこい」と言った彼が、別大(別府大分毎日マラソン)で森下(公一)の背中を押して「行け!」と。
増田
あれは美しいシーンでしたね。これからはお前の時代だっていうように。でも今の石川遼君や浅田真央ちゃんは、十代で強くて人間性も素晴らしいですよね。バンクーバーで銀メダルだっ真央ちゃんが、悔し泣きしながらもキム・ヨナさんを讃えたインタビューを聞いて、私、大ファンになりました。
島村
増田さんもインタビューの答え方は素晴らしかったよ。選手は負けた時にこそ人間性が出るんじゃないかな。この仕事をしているとそういう場面に立ち会えるでしょう。
増田
目標に向かって一生懸命鍛練している人の身体から湧いてくる言葉って、もう理屈じゃないんですね。キラキラ輝くエネルギーがあるんですよ、スポーツの現場って。 |
泥臭い練習から納豆のような粘り強さが生まれる |
島村
マラソン界は今、男子と女子ではずいぶん差があるよね。女子の方が上でしょ?
増田
ずっと上です。歴史も違いますけど何より練習方法の違いだと思いますね。男子は合理的で効率のいい練習をしています。でも、身体能力に大きな差がある中で、日本選手の強みは誰にも負けない魂の強さだった時代があったんです。そういう物が生まれる練習を男子はしていませんよね。一方女子は今、天満屋の武富(豊)監督が日本代表のマラソン部長で、あの方が中心になって泥臭い練習を行っています。ラウンドで2000メートルのインターバル20本とか、一周10キロを5本とか。だから女子はみんな納豆みたいに粘り強く頑張って、もうここでお終いと思った所からもう一歩行けるようになってきたんです。昔は瀬古さんも中山さんも80キロ、90キロ走ってました。野性的な強さがあって怪我もあまりしなかったみたいです。それから、昔は身体能力が高くてもノウハウを知らなかったケニア人勢が、今、日本に留学して強くなっていることも一因だと思います。
島村
駅伝も影響していると思う。高校生に目標を聞くと、「箱根で走ることです」。「オイオイちょっと待てよ。箱根は関東大学駅伝だぞ。ローカル大会だよ」って(笑)
増田
記者会見でも差が出ますね。男子は本番前どういうレースをしたいかと聞かれると、優勝とか記録を言うんですよ。でも女子選手は曖昧に「私らしい走りができれば」って。男子は会社でもそうですけど、常に期待に応えてよい結果を出すために戦ってるんですね。女子は自分の晴れ舞台のよう。伸び伸びしてますよ。戦場の舞台との違いですね。
島村
本当に強い人は本心をまず言わない。やっぱり女子の方が強かになってるね。
増田
会見から駆け引きが始まってますものね。女子は相手の答えを確認しながら、考えていたのと違うことを答えたりします。 |
自転車競技はお洒落でカッコいい |
島村
増田さんは道具を扱う物はからっきしダメだそうだけど(笑)、自転車は?
増田
大好きです。6年ぐらい前、お気に入りの部品を組み合わせて作ってもらったんですけど、いい自転車だから盗まれちゃって。でもまた作ろうかと思ってます。
島村
子供の頃はずうっと乗ってたの?
増田
中学校まで5キロの道を自転車で通ってました。走っていると風を切って抜けていくような感覚があって、それも好きなんです。今、日本は自転車に乗る人のマナーが問題視されていますよね。でもまず道路や環境の整備が必要だと思います。ウィーンなんか素晴らしいですよ。ちゃんと自転車道と歩道が分かれているので、もうスイスイ乗ってます。ベルリンの電車は自転車で乗り入れられます。
島村
競輪の選手はだれか知ってますか?
増田
今期待しているのは新賞金王の海老根恵太さん。千葉の方ですよね。今までも伏見(俊昭)さんや井上(昌巳)さんという賞金王がオリンピックで活躍されてますから。自転車はロサンゼルスから正式種目になって、スプリント競技やタイムトライアルでメダルを取ってきましたけど、永井(清史)さんが北京の競輪種目で銅メダルを取った時は嬉しかったです。日本のお家芸ですからね。
島村
勉強してるねえ。興味があったの?
増田
中野浩一さんと仲良しなんですよ。CMでもご一緒して。あの方はもともと陸上100メートルのインターハイの選手なんです。北京の開会式をNHKラジオで一緒にやらせていただいたりもして。面白い方ですよね(笑)。
島村
中野さんは、競輪をブロードバンドに広げていった人だと思いますね。
増田 世界選手権10連覇ですからね。ヨーロッパではコウイチ・ナカノはみんな知ってますよ。競輪も若い人が育っていて、イメージも良くなってきていますね。CMも斬新になってびっくりしました。すごくカッコよくておしゃれな感じになっていて。
島村
自転車はカッコよくておしゃれなスポーツなんですよ。ヨーロッパではツール・ド・フランスをはじめ、いろいろ大会が定着してます。競輪も言葉でいえばギャンブルだけど、世の中にちゃんと還元している部分が多いし。驚いたのはコーチやトレーナーがいないんだよね。全部自たちでやる。競技場で戦った選手が、何かあった時は助け合って。
増田
競輪って風よけになったり駆け引きもあるから仲間意識が強いのでしょうか。でも一方で、コ−チやトレーナーがいない孤高の人でもあるんですね。試合前は会うどころか電話もダメなんですよね。自分に対しても厳しいですしね。
島村
日本のスポーツ界は、そういう厳しさをちょっと忘れているんじゃないかな。増田さんは、例えば山下佐知子さんのように、走ることを本格的に教えようという気はないの?
増田
私はいい指導者に会い過ぎてます。山下さん、ソフトボールの宇津木(妙子)さん、シンクロの井村(雅代)さん。女性を育てられる女性はいい意味で男っぽいですよ。言葉に贅肉がなくさっぱりしていて、すごく自分に厳しい。そういう女性指導者の資質を知っているので、私には無理ですね。でも今日は島村さんとお話しているうちに、そろそろ人生の最終目標をどこにするか考えながら、1年1年生きていかなければいけないと改めて感じました。ありがとうございました |
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