生涯学習誌 すこ〜れ 月刊{SCHOLE} 311号〜2007/02月号
07/01/08UP
この人に聞くB人に感動を伝える!(3回シリーズ)

 本号「この人に聞く」はスポーツアナウンサー・島村俊治さんの「感動を伝える!」をテーマにした話の第3回。
 NHK退職後の現在もJスポーツの野球・ゴルフなどの実況で活躍。ソフトで知性的な語り口にファンも多い。インタビュアーはノンフィクション作家・川上貴光さん。話の中に川上さんのお父さんも登場します。

 オリンピックの水泳やスケートで日本人選手へのインタビューを数多く担当し、期待に応えられなかった選手ほど、島村さんは心を砕いてマイクを向けた。そこにプロとしての仕事と島村さんの人間観が垣間見える。

 (聞き手・ノンフィクション作家 川上貴光)

●ゴルフ・野球・水泳・スケート・バスケット・テニスなど、島村さんのスポーツの実況はさまざまですが、共通して心がけていることはなんでしょう?

 一つは準備です。データに目を通すことも、話を聞く取材も、見る取材もありますが、実際に放送の中で使うのは十分の一ぐらいでしょう。あとはみんな、氷山でいうと下に隠れている部分で、円柱の一部が実況や勝利者インタビューなどの場面に出てくるわけです。
 準備万端整えてしまうことがいいかどうかというのもあります。ナマのゲームを追っているわけですから瞬間が大事で、準備したことを話しすぎると、アナウンサーと解説者の「意見発表会」になってしまい、放送を聞いている人は「押しつけがましい、いい加減にしろ。そんなことはわかっている」となりやすい。準備は絶対しなければなりませんが、準備したものをその場面にふさわしく味付けをして、小出しにするというのがいいと考えています。


●NHK入社時は音楽番組のディレクターを目指していたそうですが・・・・・

 そうです。スポーツ・アナウンサーになるとは思ってもいませんでした。しかし、音楽もスポーツ実況やインタビューも「人に関われる仕事」という点で共に感動を盛り上げていくという点は一緒です。演劇や音楽、文化の世界は人といかに接して、人を語っていくかということだと思いますが、スポーツもそこで戦っている人たちの人生の、ほんの一部ではありますが、私はそこにちょっとお邪魔して語ることができる・・・・ある意味、役者と同じように演じ、「人を語る」ことがあります。そのときの自分が自分ではなく、あとで思うと「おおいう放送が良くできたなあ。あの瞬間はボクじゃない」(笑)
と思うことがよくあります。


●大舞台での実況やインタビューを重ねた島村さんでも、別の人間を演じることがあるのですか?

 オリンピックの開会式、全米オープンの息詰る終盤のシーン・・・・歴史的な勝負を語り、人を語る時は別の自分になりきらないと怖くてできないですね。
 その一方で、たかがスポーツじゃないか、と冷めた自分がいるのです。人の生死に関わっているわけではないからと。スポーツの実況放送はある種のアミューズメントだし、そんな大上段にかまえることはないんじゃないか、と。
 亀田興毅くんの周囲で、「夢の始まり」だと大仰に騒いでいるマスコミを見ると、「そんなに粋がらなくてもたかがボクシングじゃないの」という思いがむくむくと湧いてくるのです。
 でも、「されどオリンピック、されどプロ」と思わされる、選手が人生を賭ける瞬間に遭遇することがスポーツには必ずあり、その時、「自分はそれを伝えられたか?」と自問するのです。
 しかし、感動や人の行為の高貴な部分を伝えるのは能力じゃない。人間は、人物や感動の瞬間に憧れたり好きになったりすることで、伝えるという行動に駆り立てられますね。私は今、しゃべることに加えて、書くことも十数年はやっていますが、「この人が輝いていく、皆が知らない努力の背景を伝えたい」という思いでペンを取っています。感動を受け止め、伝えたいという欲求のもとでは、誰でも書いたり話したりできます。心に宿った感動を伝えたいという思いが強ければ、表現できると思っています。

勝敗より、その瞬間の人間を伝えたい

●島村さんが伝えたいものは人間ドラマですね。

 誤解されるとまずいのですけれど、巨人が勝ったとか、亀田が勝ったとかはどうでもいいことです。戦った人間の素晴らしさだとか、美しさ、残酷さ、気合・・・・、人が生きていくうえでいろんなものがスポーツに分かりやすく表れてきます。それを見つめていく私の目と放送する声は、ある種絵を描いたり、音楽や映画を作ったりするのと同じようなものかもしれません。
 放送メディアでもテレビとラジオはまったく違います。ラジオは自分の思ったことをかなり伝えることはできますが、テレビはディレクターがすべてを握っていて画を作りますから、実況では画に反応してナレーションをつけるところがあります。私は山田洋次監督の映画『幸せの黄色いハンカチ』を何十回も見ています。その際、「このカット、うまいなあ」とか、「ボクだったら、どう音をつけるかな」と考えながら見ています。スポーツでも何度でも同じようなシーンが出てきます。『男はつらいよ』と寅さんも観客の落とし所≠ヘ毎回同じパターンです。
 スポーツ実況という仕事を考える時、誰が勝ったと連呼したり、日本寄りの応援放送的な流れにアホらしく思ったりしますが、“されどスポーツ”という人間ドラマや息詰まる勝負がそこにある限り、やはり伝えたいと思います。


●伝える技術がなっていないアナウンスが多すぎます。言葉がわかりにくいし、ゴルフ中継でパーをボギーと言ったりというミスが少なくない。現場に行けない中継があるから仕方がないのかもしれませんが、ひとりよがりのアナウンスは腹立たしい。

 厳しいですね。(笑) スポーツ放送の諸悪の根源はプロデューサーにあります。彼らは上から、「何か新しいもの」とか言われ、サムシング・ニューを求める。スポーツ・アナウンサーもものすごい経験があって、ある瞬間に裏打ちされた珠玉の言葉・表現がパッと出るわけですが、いまやそういうキャリアを排してベテランアナウンサーを切り捨てる傾向があります。面白おかしく、若い“女子アナ”を使って視聴率を取りたいという行動に走るプロデューサーも出てきます。高いレベルの勝負が目の前で展開され
競技者の人生が凝縮されているのに、人生経験の浅い若手アナウンサーにそのシーンが語れるでしょうか?
 アメリカでは、大学を出たばかりの女の子がキャスターとして登場することは絶対ありません。三十代中頃の、知識も能力も豊に蓄え、現場を熟知した女性たちがキャスターとして登場します。実況でも私のように六十歳を過ぎたアナウンサーがたくさん活躍しています。視聴者は彼らを支持し信頼しています。日本の場合、民放に限らずNHKまで「若ければいい」という風潮におどらされています。
 川上さんご指摘の言い間違えは私にもよくあります。状況が刻々と変わっていく勝負の世界ですからそれは仕方がない。(笑) でも間違えたらすぐ訂正します。生中継で間違ったらすぐ「ごめんなさい」と謝ればすむのですが、今の実況はそれがないですね。
 ゴルフの中継は難しいですよ。目前のプレーは見ることができず、画面がどんどん変わっていくので間違いが起こりやすい。同時に三人の選手を追っていて、ホールが違ってナマで動いていくわけですからミスも起きますし、実況には相当の熟練が必要です。

家庭での言葉遣いから正していく

●ゴルフ中継の難しさは分かりますが、プロ野球の実況にもおかしなものがありますよ

 サイドワークって言うのですが、アナウンサーについている「サイド」を担当する人がどれだけしっかりしているかによります。しかし、放送局自前のスタッフはいなくて、ほとんどがプロダクションの派遣スタッフです。なかには精通したすごい人もいますが、有能なサイド不在で困っているのが実態です。
 放送は全く違った世界へ進もうとしています。これまでテレビは、NHKは別にしてお金を払わないで見るものでしたが、CSだとかBSが進出して、お金を払って番組を見る時代がきています。商品を買っていただくわけだから、質の高いものをお送りしなきゃいけない。CS、BSはまだそこまではいっていませんが、シェアを伸ばしていった時、地上波の民放はどんな選択と改革を行っていくのでしょうか。
 TBSテレビの亀田興毅くんの試合は、スポーツの世界から程遠い一種のイベントになってしまいました。TBSにはものすごい抗議電話がありました。それは判定だけの問題じゃなくて放送スタートから試合まで長時間待たせるという構成に抗議が集中しました。視聴率を取るためなら何でもいい!という時代、視聴者が冷静さと賢さを持たなくてはいけないという教訓が示された事件≠ナしたね。
 テレビに限らず、家庭でもあいまいな対応はいけません。仕事柄、親がちゃんとした言葉遣いをしなきゃいけないと思いますね。とくに、乳児期まで吾子に接するお母さんは、はじめの頃は「幼児ことば」でいいのですが、子離れの時期を判断しながら言葉遣いも変えていかなくてはならないと思います。それがないと、若い女の子の乱暴な言葉遣いを指摘することもできませんね。多分、スコーレ会員の皆さんの家庭は違うと思いますが・・・・・


●言葉遣いや食事、親子の時間を共有することを意識的に行っている家庭は、子供に大きな問題行動は起きませんし、起きても解決しています。

 そうですよね。そんな実践と親の心遣いがあれば、今日起きている絶望的な家庭のトラブルはないはずです。最初の話に戻りますが、家庭がオアシスになっていないのならそれは問題です。家庭での会話の有無は「健全さのバロメーター」だと思います。社会や学校教育が危ないバランスに立たされている以上、人が育まれ、生きる拠点となるべき家庭でのコミュニケーションが崩壊しているなら、本当に大変なことになってきますね。私も及ばずながらスコーレの活動を応援したいと思います。

●ありがとうございます。これからも実況で「島村節」を響かせていただきたいと思います。

(Aへ戻る) (おわり)


--- copyright 2006- New Voice Shimamura Pro ---
info@shimamura.ne.jp