生涯学習誌 すこ〜れ 月刊{SCHOLE} 309号〜2006/12月号
07/01/06UP
この人に聞く@人に感動を伝える!(3回シリーズ)

 本号「この人に聞く」はスポーツアナウンサー・島村俊治さんの「感動を伝える!」をテーマにした話の第1回。
 NHK退職後の現在もJスポーツの野球・ゴルフなどの実況で活躍。ソフトで知性的な語り口にファンも多い。インタビュアーはノンフィクション作家・川上貴光さん。話の中に川上さんのお父さんも登場します。

 秘訣は取材力と会話力を磨くことからNHKでスポーツ実況一筋。退職後も取材・観察力のあるプロ野球やゴルフの実況にファンが多い。
 数々のオリンピックで実況・インタビューを努めたが、敗者に寄せる心遣いは島村さんの人柄を表したものだった。

 (聞き手・ノンフィクション作家 川上貴光)

●島村さんとはNHKのアナウンサーのときからお付き合いをさせてもらっていますが、最近「家庭に会話がなくなった」ことを心配されていますね。

 子供のコミュニケーション力は、日常会話や家庭環境から育まれるのではないでしょうか。
昔は、家庭の団らんが会話の出発点でした。今はテレビの普及やパソコン、携帯電話などが入ってきて、会話がなくなりました。また、両親や祖父母を通して世代間の違いを知り、自分という存在を学んでいたのですが、部屋にこもってメールやゲームに興じている現状では、コミュニケーションは成り立ちませんよ。 
 私は子供の頃に父親を亡くしているものですから、団欒の中での「会話力」がさほど身につかなかったと思いますが、なぜかアナウンサーという仕事を選ばされてしまいました。
 テニス大会の放送で、毎年パリのローラン・ギャロスに行くのですが、地下鉄では誰もメールなんか打っていません。それが日本の地下鉄では、12〜3人座れる座席の半分くらいは携帯電話を取り出してメールやゲームをやっています。第一は女の子、次はおばさん、そして若い男性たちがもくもくと指を動かしています。

●何か「会話」をしていないと不安なんですね。

 そんな若者は、友だちとの会話が弾んでいるように見えないし、会っていてもそれぞれ勝手にメールしている。(笑) 会話は口を動かすものです。声の高さだとか驚きの表情だとか、色々要素があって会話は弾んでいくものですが、一方的に手を動かして、文字を羅列していくメールにはそれがありません。私は携帯電話でメールはやらない主義です。メールは自宅のパソコンからです。必要なことを「連絡」するのがメールなのに、若者たちはメールで「会話」しています。しかし、無味乾燥な世界がそこに広がっているように思えてなりません。
 言葉でも、語尾上げ発音ではなくて、「うそーっ」「ありえねぇ」という単純な言葉のやり取りが横行していますね。皆が同じ言い方です。同じじゃないと自分だけ置いてかれるように思ってしまうのでしょうか。
 また、若い女の子が「男言葉」を真似して乱暴に会話していますが、これは家庭のしつけに問題があると思います。それから学校の先生が本当に弱腰ですね。きちんと教えていこうというか、身体を張って真剣に生徒に向き合うという気概に欠けているように思えてなりません。
 最近では、ボクシングの亀田興毅くん。彼のボクシングへの姿勢はすばらしいと思いますが、世界チャンピオンになってもああいう言葉遣いをする19歳の若者を、周りがもてはやすのは如何なものでしょうか。
 「ご苦労さま」や「なるほど」は目上の人が目下の人に言うねぎらいや関心を示す言葉でした。でも、言葉は変化していくものですから、これは許容範囲かなとも思っています。
 昔はプロが話す舞台こそテレビやラジオだったのですが、今はアマチュアが幅を利かせてしゃべりまくるという時代になっています。視聴者もそれを喜んで観ています。テレビ番組はお金をかけないバラエティやクイズ番組に偏っており、タレントたちの会話に知性は感じられません。

話術をみがいていくのがプロ!

●言葉の能力低下はプロのアナウンサーでも見受けられます。言葉遣い、慣用句の使いかたの間違いが少なくありませんし、画面テロップの文字が違っていることもしょっちゅうですよ。

 人に何かを伝えていくということには、日常会話ができるかどうか、人の心をつかんで話していけるかどうか、という基本が必ずあり、プロは基本から技術を磨いていかなくてはならないということはいうまでもないでしょう。思いがけずアナウンサーになった私が、40数年この道で生きてこられたのは、「磨いていけばできるんだ」ということを皆さんに示すことができる事例だと思います。能力だけではないのです。
 タレントの島田紳助の話術はすごいと思うのですが、機転の利いた会話は能力だけでは身につきません。自分の中で磨き上げていった人知れぬ努力があるのではないでしょうか。

●(暴力事件によって)謹慎が解けテレビに復帰したとき、たしかに彼のゲストのさばき方がそれまでと異なり、上達していましたね。

 キャスターや司会者は、自分の意見が通るからいい気になります。人を平気で傷つける言い方をする人もいます。どんなに会話術や、進行能力が優れていても、他人の心を逆なでしたり、土足で踏み込んでいいわけではありません。賢い視聴者ならそこでテレビを消すのですが、今の視聴者は、テレビで主役になっている人たちを正しいと思わないでも認め、流されるまま見る愚かな面があります。島田紳介は自分の間違いに気づいたから、今があると思います。

●島村さんの場合、飛躍のきっかけとなる体験はどういうものでしたか?

 私はプロになって、特に二人の方から「伝えることの意味」を教えてもらったと思っています。二人ともプロ野球の有名な監督だった方です。一人は鶴岡一人さん。昔の南海ホークスの“親分”で毒舌家といわれました。
 アナウンサーとして高校野球からプロ野球に移って、ちょっと自分に自信がでてきた頃です。鶴岡さんと実況をしていたある日、セカンドの選手がトンネルをしました。
 「打ちました。いい当たりのセカンドゴロ。セカンド真正面。トンネル。アア、トンネルでした。だめですねぇ、鶴岡さん。キャンプでこの人は何やってたんですかねぇ」と、意気揚々としゃべった。鶴岡さんは、「言われる通りな」と言って、その場はとりあえず済んだ。
 その晩、仕事が終わって鶴岡さんに、「島ちゃん、あんたの言う通りや。間違ッとらへん。プロのくせに、ああいうまずいプレーをしてはいかん。それはその通りなんだが、しかしまあ、言い方はあるだろう。あんたの放送を、選手の奥さんや子供、お父さんやお母さん、皆が聞いているんや。そのことを、ちょっと心の底に留めておいたらどうかなあ」と言われました。
 いい気になっていた私にはショックな言葉でしたが、以来、鶴岡さんに指摘されたことを座右の銘にして実況するようになりましたね。

聞いて見て、勇気をもって伝える

●いかにも鶴岡一人さんらしいセリフですね。

 もう一人はあなたのお父さん、川上哲治さんです。川上さんは、よく人にものを訪ねる方です。バッターとしても監督としても超一流、道を究めた方ですが、キャンプを回った夜、僕らに聞いてくる。「巨人の投手陣はどうだった?」と。
 最初私は、試されているのかな、と思った。ところがどうもそうではない。
「監督はなぜ、そうやって僕らに聞くんですか?」って言うと、「いろんな人の見方を効きたい。そうだと思ったら、それを取り入れる。違うと思ったら、それはそれで違うと思えばいいので、そういう判断材料にするためだ」と。
「話し上手は聞き上手」という言葉がありますが、川上さんはお話が上手だとはあえて言わないけれども、(笑) でも聞くことが非常にうまい人です。だから一緒にいて会話が弾む。
 監督時代の川上さんは、「コーチに必ず意見を持ってこさせた」と言っていました。
「今日、次に使うピッチャーを三人用意しておくように。彼らの状態はどんなだ?」
 コーチは投手の状態をそれぞれ答える。
「Aは今日はスピードがあります。Bはコントロールがいい。Cは気持ちがのっています」
「わかった。それで、どう思う?」
 その時にきちんと「今日はAがいいと思います。と答えられるコーチが優れている」、答えを持たず「ううん、みんないいですけどねぇどうしましょうかねぇ」という決断力のないコーチはダメだと話していました。
 川上さんの話はすごく役に立ちました。
 私たちには、実況中に必ず、プレーや勝負の成り行きに対して主観を話さなければいけないシーンがあります。自分の中で準備してきたものから選択して話すのですが、間違うかもしれない。でも、準備をした中から勇気を持って伝えます。準備とは「前段階で話を聞く」取材なのですが、ダメなアナウンサーは自分で見ようとしないで何でも聞く。取材は聞くことだけがすべてではなくて、目で見たこともそうです。
 プロ野球の解説者で、優れた選手や監督だった方は観察力、洞察力がすごい。自分の目で取材をしているからだと思います。
 話を聞くのは裏付けを取ることですが、選手が本当のことを言うかどうかは分かりません。
勝負の世界で「調子はどうですか?」と聞かれ、「いやあ、だめですよ」とは余程でない限り言わない。ならば、私たちはどうやって事実を引き出すか、そこのところが大事です。私も一流といわれる人たちの観察力、洞察力を身につけたいと願っています。

(Aにつづく)


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