「阪神タイガースV」デイリースポーツ 2003/11/3発売
 

◎チームが変わった
 昨年、中盤で崩れた阪神だが、星野監督は十分に納得していたようだった。一年目はチームを把握し、今年変えるところは大幅に変えた。移籍、新人を含め24人もの新しい血を投入した。 
 星野監督は情けを大切にするが、プロとして使えるかどうかは厳しく分析する。中日時代に大型トレードを行い、子飼いといわれた選手でもチームと本人の為にその方がいいと判断したら大胆に実行した。いわれる「アメとムチ」の使い方は阪神に来ても如何なく発揮されたのだ。沖縄・宜野湾にキャンプ地の前半を移したのもチームの変革の一環といえるだろう。
 従来のやり方を全て受け入れるのではなく、自分流にチームを作り上げてゆく。中日時代もそうだった。「よくも悪くも俺の考えで動くチーム」と彼は言っていた。今年2年目は「星野流阪神」がスタートと私は見ていた。
 沖縄から高知県安芸市のキャンプを取材して、彼は「かなりの手ごたえ」を感じているように見受けられた。戦力的には巨人が抜け出ているが、阪神の変革は確実に進んでいると実感し、ペナントレースに入って行ったのだった。

◎ファームの充実が大事なテーマ
 開幕してから阪神は順調にペナントレースの主導権を握って行った。なにしろ連敗がない。先に点を取られても追いつき逆転した。中日時代もそうだったが、星野監督はローテーションを確立したらきっちりとそれを守らせる。勿論投手の好不調によって入れ替えはするが無理な登板はさせない。目先の一勝にこだわってローテーションを変えることはしないのだ。
 オーダーもローテーションも投手の役割分担もきっちり固定する。だが、全員で戦う姿勢を厳しく打ち出す。24人の新顔も含め、きちんとチャンスを与え、信賞必罰の姿勢はくずさないのだ。
 快進撃が始まっている最中の松山の試合でゆっくり話す機会があった。アメリカ大リーグにも独自のルートを持ち、関心の高い星野監督は、日本とアメリカの違いはファームの組織力の差にあると見ていた。
 「阪神の好調さに皆目を奪われているが、今一番大事なのはファームをしっかりさせることだ。ここでの教育次第で強いチームを作れると思うよ。今、うちの首脳陣で一番俺からプレッシャーを受けているのは木戸二軍監督のはずだ」。今を戦い、将来を見つめる星野監督の言葉にあの60年の日本一だった阪神とは、一味もふた味も違うチーム力と組織のあり方を感じたのだった。

◎運のいい男
  「俺ほど運に恵まれている奴はいないなぁ」阪神タイガースの優勝へのマジックが「30」を切った神宮球場での9月始めの試合前、星野監督は放送の取材に来た私を三塁側ダッグアウトの裏にある控え室に招き話だした。「確かに幸運な男だね。騒がれながら最高の結果を出そうとしているわけだから。移籍組みや新人が活躍、生え抜きはリクルート。たった2年でこんなに巧くゆくとは、大したものだよ」
 「だから運にも恵まれたんだよ」
 「中村紀洋やペタジーニが取れなくて返って良かったんじゃないのかなぁ」
 「うちは何が何でもほしかった訳じゃなかったし、もし来ていれば今年のようなパットしない状態には絶対にさせんよ」
 「なるほど、これも運かなぁ。体調はどうなの?周りが心配して大変だっただろう?」。

◎ユニフォームを着ると血が騒ぐ
 「普段は何でもないんですよ。ところがこれ(ユニフォーム)を着るとガ〜ッと血圧が上がっちゃう。気分が悪くなった時はこれ着てるんだからしょうがない(笑)」
「血が騒ぐんだねぇ、昔は他に騒ぐものがあっただろうに、今は野球だけかぁ〜」
 「はっはっはっ、島村さんとは違いますよ!」
 時折ベンチで首を回している星野監督がTVに映る。リードして左団扇なのにいまだ不満なのかと思うかもしれない。昔、ムチ打ちにあい、今でも後遺症が出る。正直言って体調は気になるのだ。何処へ行っても顔が知られているから出歩きにくい、見かけと違って酒は一滴も飲めないから、辛い時も酒で心を紛らすことはできないのだ。遠征先のホテルで一人、TVを見る寂しい仙ちゃんを誰が想像できるだろうか。

◎ペナントレースの流れも運の一つ
 今年の阪神の「快挙」を「運」だと言えば阪神ファンから袋叩きに遭いそうだ。だが星野監督は「阪神は運がよくて優勝した」と言っているのではなく、自らのこの2年間を振り返った時、「勝負運があった」と表現したのである。オリンピックの金メダルもそうなのだが、勝負に勝つには「時と人と運」に恵まれることが必須条件と言えるのだ。
 運がいいといえば今年の阪神はペナントレースの流れが常に阪神に味方した。優勝争いには必ずライバル球団が出現するものだが、今年は2位に上がったチームは必ず阪神に「モグラ叩き」のように叩かれた。それだけではない。ヤクルト、中日、巨人がお互いに潰し合いを続けた。そうでなければこれ程の大差がつき、早々と大きな数字のマジックが出るはずはないのだ。星野監督と阪神の力だけではない「流れ」が幸いしたと言えるだろう。勿論「幸運の女神」を背負うにはそれなりの力を発揮したことは言うまでもない。

◎慎重に、浮かれずに
 6月頃に優勝の可能性が見えてくると、星野監督は発言が慎重になってきた。報道陣には意識的に「優勝」の言葉を封印した。選手の浮ついた気持ちを起こさせたくなかったのだ。精神的に成長した選手達もヒーローインタビューで「自分達の目の前の試合を一つづつ勝って行くだけです」と熱狂的な阪神ファンが大喜びしそうなコメントは控えているように見受けられた。また、マスコミも飛びつく「優勝」の二文字は心の奥にグッと呑み込んでいたいのだろう。

◎仕事も生活もきちんとけじめ
 星野監督就任の際、大きなテーマにしたのは、阪神の選手と球団の体質を変えることだった。去年1年間の戦いと今年のキャンプで成果は少しずつ実り改善されてきた。少なくとも「厳しい野球」「ほころび」を防ぐ点については進化しつつあると言えよう。それでも9月に入って連敗が始まると、バント失敗、走塁ミス、守りの出足の第一歩と球際の弱さにまだ発展途上であることが伺えた。
「熱血監督」とキャッチフレーズのつく星野仙一だが、生活信条は「人としてきちんとやる」ことにある。約束を守る、義理を果たす、身だしなみはその場にふさわしくあれ、等々だ。季節の挨拶、贈り物、礼状は欠かさない。母のしつけ、亡き妻の内助の功もあったのだろう。
 友人の息子が金髪とピアスで星野監督の目の前に現れたら、「俺の前に出る時はちゃんとして来い」と一喝したという話を本人から聞いたことがある。今、阪神の選手の身だしなみを見れば一目瞭然だろう。

◎阪神ファンへ
 思い通りに事を進めてきた星野監督だが、言うことを聞かない人たちもいる。それは一部の熱狂的な阪神ファンだ。(親の心子知らず)ということだろう。激しく熱血な抗議をする星野監督だが、マナーや人の道に外れることは極端に嫌う。
 「誰も応援しない球場でやったっていいんだ」とまで言う。グランドへの乱入、ジェット風船禁止の球場での風船飛ばし、相手選手へのメガホンの投げ込み,これだけ勝っていてまだ汚い事をする心無いファンのために、阪神ファンのダメージイメージは全国区になっているのだ。
 かつて阪神―巨人の最終戦で優勝が決まる甲子園の大一番で、破れた阪神ファンは暴徒とかして、三塁側ダッグアウトに突入した。若かった私はリポーターでその場にいたが、王さんが殴られ、川上監督がすたこらさっさと退散する姿を忘れるものではない。関西に9年過ごした私にも、阪神ファンのマナーの悪さはこころに染み付いている。関西の芸能人が臆面も泣く阪神ファンを売り物にして振舞うのも、ファンに悪い影響を及ぼしているのではあるまいか。
 星野監督にとって、最も変革するのが難しいのは、一部の阪神ファンの体質改善だろう。今年のように強い時はまだいい。そうではない時が恐いのだ。必ず監督の体調に影響するからだ。阪神ファンの皆さん、監督に心配をかけさせないで欲しい。関西のマスコミも御同様だ。

◎人心掌握術の見事さ
 「星野監督の凄さは何ですか?」と聞かれると私は必ず「人心掌握術に優れた指揮官です。何の分野でも人の上に立つ男でしょう」と答える。彼は組織の役割、分担を明確にしている。コーチを信頼して担当コーチの分野を任せている。弱いチームの監督の中には何から何まで自分で教え、コーチに任せきれない監督が存在したのだ。これでは組織は成り立たない。コーチを信頼して働かせ、意見を吸上げ最後に監督として統合的に「決断を下す」これが人の上に立つ「長」のあり方だろう。
この「人心掌握術」は学生時代の恩師、「おやじ」と呼ぶ島岡吉郎さんや、NHK時代、「おやじさん」と慕ったV9、監督の川上哲治さんから「盗み」「吸収」したものだろう。そこに彼の持って生まれた「勇気」がミックスされたのだと私は勝手に解釈しているのだ。

◎信頼と恐れ
 星野監督は心を表現することが天才的にうまい人だ。「熱血語録」を読めばインタビューの参考になるとコミッショナー主催の新人研修の講師で私は今年のルーキー達に語ったほどだ。
 星野監督と選手達は心が通っているから信頼関係が出来上がっている。信頼は必ずしも仲の良いことではない。選手と厳しく一線を引くことは組織を動かす上で重要だ。次のエピソードは星野監督と選手の関係を見事に物語っているので紹介しよう。
怪我が治って一軍に上がってきた久慈選手が「よろしくお願いします」と挨拶すると。星野監督は「お前、誰や?」
と言い返した。星野一流の歓迎の言葉である。彼が言う「俺流」のやり方なのだ。久慈選手は「お前。誰や?というありがたいお言葉をいただきました」と話したそうだ。アリアスが上がって着た時も、「who are you?」と声をかけている。この言い方の裏に「信頼」があるのだ。

◎まだ果たせぬ夢
 「俺は運がいい」と言った星野監督だが、まだ果たせぬ夢が一つだけある。リーグ優勝は中日の監督として二度あるが、日本シリーズは勝てないのだ。「パパの日本一の胴上げが見たい」と言って、あの世に旅立った芙沙子夫人との約束はまだ果たせぬ夢なのだ。かつて中日対ダイエーの日本シリーズでは王監督に敗れている。今度の対決では王監督も同じ境遇にある。
 いま、幸せな私としては二人の「運」を祈るしかない。されど、今度だけは「おめでとう、仙ちゃん、日本一」と静かにつぶやいてみたいのだ。


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